あらためて工事中日記 【1997.8〜11

 
 
1997年8月12日(火)「ヒマな日」

 長女が義妹の家族とキャンプに出かけてしまったので、家の中は静か。次女といえばまだ歩き回ることもできないので、適当にあやしていればよい。久々の何もしない休日。
 とはいえ、こーなるとこーなるでやはり退屈。しょーがないのでまたサーフィンする。今日はお笑い芸人系のサイトを廻る。しばらく行ってなかった吉本のサイトを訪れ、二丁目芸人をチェックする。最近はキャブラーにも少し飽きて、吉本の若手をチェックし始めている。千原やジャリズムの真価はまだ目にしていないが、見た中では、中川家、メッセンジャーがお気に入り。「すんげーBest10」や「二丁目WACHACHA LIVE」等をこまめに見ることにする。
 あとはやはり、浅草キッド水道橋博士のページが面白い。日々闘っている人の日記は面白いものだ。
 その後、ほったらかしにしといたこのページを少しいじる。といっても、choiceのページをやっと分類しただけだけども。項目がなかなか増えないので、分類した意味もあまりないのだけども。
 夕方、買い物がてら久々のCDシングルレンタル。今期はあんましいいのないなあ。又、気が向いたらCOUNT DOWNしときます。

1997年8月13日(水)「養老・千代保稲荷へ」

 長女はキャンプ中。母親の妹であるおばを誘って、お千代保さんこと千代保稲荷へ出かける事にする。自由が丘のおばを拾って、清洲方面より稲沢へ。3年程前に行ったことはあるのだが、場所の記憶がはっきりしていなく、東海大橋の路線上から行けることは判っていたものの、どこだったやらと地図を探す。稲沢に千代町というところがあるので、その辺かとうろうろするも、一向に見当たらない。しょうがないので昼めしがてら茶店に入って確認すると、大橋を渡って海津町より北にあるという。再出発するも、まだ時間があるということで、おばの希望で養老の滝まで足を伸ばすことにする。養老公園の入り口近くに噂の「養老天命反転地」ができていて、入りたかったのだが、メンバーが高年齢層と幼児だったのであきらめる。思ったより広そうなところ。次の機会には入りたい。
 滝を見るためには駐車場から結構歩かねばならず、道のり的にはそんなでもないのだが、途中から坂が急になるので、幼児を抱いての行程はつらい。途中でリタイヤ。ま、夏だからね、汗かきにはなおつらい。おばだけ元気に上まで登ってくる。中途の茶店で待機したが、そこで喰ったかき氷のうまく感じられたこと。やっぱ夏はかき氷すよ。うまさに店によってさほど違いのあろう筈もなく、かき氷をうまく食べるためにここまで登ってきたといっても過言ではなかろう。
 羽島経由で千代保稲荷へ。ま、稲荷本体より周辺の店が目的なのだが。串かつやどて等を売っている店が結構あり、さしてうまいわけではないのだが、ついつい買ってしまう。揚げたてを店先のソース壺にどっぷりつけて喰うのが好み。キャベツのぶつ切りが置いてあるのもいとつきづきし。
 道中、見かけた古本屋に片端から駆け込んだのは言うまでもないが、収穫はゼロ。

1997年8月14日(木)「ブックスタジオ発見」

 長女は祖母宅に今日も泊まるというので不在。女二人が衣類の整理などをしているので、赤ん坊の子守に徹する。「徹子の部屋」を何年振りかで見るともなしに見ていると、西村晃追悼とやらで、思わず見入ってしまう。いやあ、いい役者でした。
 夕涼みがてら、家族同伴で近所の古本屋探索に出かける。ブックスタジオなる店をやっと発見するも盆休み。倉庫風のところだが、まんが専門かもしんない。ついでに緑図書館を初めて訪れ、駄本を借り出しする。あと、野並のBOOK OFFにより、100円均一文庫を三冊程買って買える。山田風太郎の「妖異金瓶梅」がめっけもの。
 夜、TVチャンピオンの第4回ラーメン王を見て、名古屋近辺のラーメン情報求めてインターネットをさまよう。決定版的なページはなかなかないすねえ、名古屋は。狙い目かとも思うが、そんなに食べ歩いているわけでもないからなあ。まあ、「名古屋で生きる」の中でちょっとやるっていうのは、昔から構想のうちにあるのだけども。
 というわけでお気づきのことかと思うが、1年以上振りで毎日の日記を書き込むことにした。毎日更新というわけにはいかないかとは思うが、項目だけはしばらく毎日つけていこうとおもっとります。さしておもしろい話がでるわけでもなかろうが、続けてるうちに調子が出てくるかもしんないと思ってね。さて、今回はいつまで続きますことやら。

1997年8月15日(金)「八事霊園に墓参り」

 帰って来るはずの長女がちっとも帰って来ないので、先に夕方、八事霊園へ義父の墓参りに出かける。市内にあるので仕方ないが道が狭くて難儀する。駐車場もないしねえ。ま、なんとか停められる。えっちら坂を登った上にあるので眺めは良い。
 帰ってくると、長女から迎えに来いという電話が入り、星が丘まで迎えに出る。夕飯は久々一家揃って、焼き肉。
 あとは、昨日借りた本など読んで過ごす。読まずにいた小林信彦『コラムの冒険』と『ノスタルジックTVグラフ』なる4年ぐらい前に出たビジュアル本。

1997年8月16日(土)「伊良湖岬探訪」

 またまた母の義妹よりの誘いで、伊良湖岬へ出かける事にする。9時頃我が家出発で、今回は高速は使わずのんびり行くことに。豊明を抜けて23号に入り、2号、259号とつたって、途中例により道に迷いつつも昼過ぎ伊良湖岬に到着。フェリー乗り場兼道の駅で、おばさんの作ってきたおにぎりを頬張る。その後岬周りでフラワーパークへ。春に行った館山寺のフラワーパークに比べると、規模も何もこじんまりとしているが、それなりになごむ。特産品のメロン1/2・900円なりを、シーサイドファームなるところで食し、ふたたび岬周りで恋路ヶ浜へ。途中伊良湖ビューホテル近辺の峠からの眺めが最高。台風の影響か、高波が押し寄せる様は圧巻。恋路ヶ浜でも、波のうねり来る様子を満喫できた。ま、これでは泳げはせんが、こういう海もまた良し。
 帰りは、田原町の蔵王山展望台に寄る。夕方になって霞がかってはいたものの、これ又晴れ渡っていたら絶景では。三河湾と渥美半島を一望でき、また涼しさも格別。時間帯のせいか、人もそれほど多くなく、なかなかなスポットである。
 帰りは又、23号中心に辿ってくる。うどんを喰って家に辿りつくと9時。それなりに疲れて、早めに床に入る。

1997年8月17日(日)「図書館はやっぱ便利」

 昼前に起きるも、うだうだ。休みの最終日ということで、のんびり行きたい。本来なら今日はアンビ恒例夏の例会なのだが、諸事情のため断念。諸事情といっても、主な理由は出かけていく金がなくなったということであるのが情けない。基本的に赤字財政の昨今、あちこち出かけた後の連休の最終というのは、カスカスのカラケツに財布がなっているわけで、家人はせっかくだから出かけたらと言ってはくれるのだが、借金までして出かけるわけには行かない。最近はそれほど高級な店には行かなくなっているとは言うものの、飲み会になることは間違いないわけで、それなりの金を用意していかないわけには、学生時代と違って、いかない。いろいろ話したいこともあったのだが、潔くあきらめておく。
 そういう意味では、図書館はいいよなあ。タダだもの。言うことがセコくなっておりますが、それをおいても、久々に図書館へ行って、ああ、コレがあったのよねという気分である。3時ごろ、前回の本を返しがてら緑図書館へ。駐車場、周辺の道路とも満パンで、駐車に苦労するほどの混雑振り。夏休みということもあるのだろうが、こんなに利用されてるのねと、あらためて感心。妻にもカードを作らせて、6冊分ほど、エッセイ・評論を中心に借りてくる。基本的に、図書館では小説は借りない。小説は買って読む主義で、そうでないと落ち着いて読めない。そのかわり、エッセイや評論は借りてるという気安さもあって、バリバリ読める。
 晩はそのうち、小林信彦の『本は寝ころんで』を、文字どおり寝ころんで読む。こないだ借りた『コラムの冒険』と時期的には対をなす一冊。片や読書日記、片やエンターティメント時評。実は、小林信彦は、僕が小学校時代より父と仰ぐ存在で(もう一人は筒井康隆)、詳細は略すが、90年頃からちょっと距離を置いていたのだが、ここ最近又気になっている。父であるがゆえの反発というか、反抗期を過ぎて、今ではしょーがねえなあ親父と笑って許せる心のゆとりができたか。やはり両冊とも一気に読んでしまう。以前のように全面肯定もしくは感服とはいかないが、結構客観的に楽しめるようになっている。いやらしさも又いやらしいなりに楽しめるようになった。この2冊で94年ぐらいのまでの時代はカバーしてると思うので、それ以降の分がそろそろまとまるであろうか。まあ相変わらずだとは思うが。

1997年8月18日(月)「久々の出社」

 夏休みも終り、今日から出社である。仕事のことは何も覚えていなかったが、それほど忙しくないせいもあり、今日一日でボケはなんとかなっただろう。
 帰り、味をしめて鶴舞図書館に寄ろうとするも、月曜休館。そーだよな。地下鉄原からのバスのタイミングを逸して、街道沿いのZIGZAG(TUTAYA系のVIDEO本屋)で時間をつぶすも、次のバスにもうっかり乗り遅れる。しょうがないので原まで歩いて古本屋に寄ると、エフィンジャーの『太陽の炎』を200円で発見。買い逃して探していたので、喜び勇んで購入。コレぐらいのことがあれば、バスに乗り遅れてもいいやね。

1997年8月19日(火)「鶴舞図書館」

 というわけで昨日のリターンマッチ。久々に鶴舞図書館に寄る。演芸もの中心に3冊借りようとしたところ、緑図書館での3冊の貸し出しで引っかかる。あー、他館のでもダメなのね。がっくりしたところ、「おうちの方で、カード作ってみえる方がいたら、その方のでも良いです」とのこと。確かに妻にこの間作らせたが、今は持っていない。「そこの用紙にお名前を書き込んでください」というので、いそいそと書き込むと、検索した挙げ句「ああ、この方も3冊借りて見えられますね」おお、そうだった。すでに借りさせていたのだった。あきらめかけると「では、どなたでもいいですからおうちの方のカードを作って下さい」って、あーたそんな。とりあえず親の名前でカードを作る。「保険証かなにか次回お持ちくださいね」って、そんなんでいいの? なんでもありかい。あらゆる手段を使って貸し出しをさせようという図書館のお姉さんの執念を感じ、有り難くもあり恐ろしくもあり。
 いや、そんなにまでして借りなくてもいいのだけどね。まあ、はずみがついてしまったのだから量的にどーんと積んであった方が良いのだ。帰ってきて早速、ラサール石井の『笑うとは何事だ!』を読む。コレも出たとき目をつけていて、買えないでいたものだ。単なるタレント本にとどまらず、自分の存在をも客観的な視野で捉えた、堅実なお笑い現状論となっていて、満足満足。読んで改めて、さんまの偉大さに思いを馳せる。インテリに過小評価されてるって、ホントその通りだよなあ。

1997年8月20日(水)「ネットバトル観戦」

 今日は別にどうということもなし。
 NiftyのFBOOKCで繰り広げられてるバトルを性懲りもなく馬鹿馬鹿しくも眺めているのだが、火元となっているFCOMICALのJUNE会議室までもご苦労に見に行ってしまう。しかし細田均って人も相変わらず凄いよね。8年ぐらい前に、田波さんと神保町のドトールコーヒーかどっか入ったときに、お姿をお見かけしたが、そんなエキセントリックな人にはみえなかったけどなあ。

1997年8月21日(木)「家庭を持つ人の日常など」

 ちょっと早めに帰ってきたので、滝の水の本屋に出かける。特に何もないが、まんが秘宝の新しい号が出ていたので、次の機会にでも買うか。とりあえずたまっている図書館の本を読まねば。文春も最近買っているので、読まねばならないし、限られた時間でやりたいことは様々ある。独身時代と比べて、自由な時間が減ったかと言われればそうでもない。まあ、確かにすべて自分のペースでやるわけにはいかなくなってくるので、ボーとしている時間や、videoやTVをダラダラ眺める時間は減ったけども、その分パソコンに向かっていたりするわけである。本を開いている時間自体も増えているような気がする。大きく違うのは、ゲームをまったくやらなくなったことだろうか。それでも家庭を持つ前も、それほどやっていたわけではない。そもそもスーファミ自体持っていなかったわけだからね。
 昔、拾い読みしたまま通読していなかった(なんと!)、ラファティの『九百人のお祖母さん』を通勤電車の中で読んでいたのだが、やはり面白い。好みは「せまい谷」「千客万来」「スロー・チューズディ・ナイト」などだが、どれも甲乙付け難し。
 夜、videoに録ったままだった「すんげーBest10」を見る。最近名古屋でもこの番組の放映をしていて、火曜の深夜なのでvideoに録る事にしている。これで情報不足気味だった2丁目芸人が一通り分かって便利。お気に入りは中川家とメッセンジャー。斬新さより巧さを求めるのは僕が歳をとったからかと思うものの、思えば昔からそうだった。伊東四郎好きとかね。今回はメッセンジャーの漫才ネタと海原やすよ・ともこのネタが見れて満足。

1997年8月22日(金)「『上岡龍太郎かく語りき』を読み進める」

 帰り、地下鉄を降りるとバスは行った後。悔しいので(別に悔しかないが)、次に来た新瑞行きに乗り、大根荘で降りて、辺りを探索する。それなりに古い住宅街なので、裏側に中途半端に年季の入った商店街などあって、なかなか楽しい。そっから歩いて帰ってくると20分ぐらいはかかる。暑いのにご苦労なこった。
 夜は図書館で借りた『上岡龍太郎かく語りき』を読み進める。芸談ものが続くが、昔からこういうものはどーしても図書館で借りてしまう。これも出た時から狙っていた本ではある。語り下ろしといった構成で、漫画トリオ時代の出来事を中心にした笑芸界の回想録といった趣である。ラサールの本に比べて、笑いの分析といった部分は薄いが、その分上方笑芸界においても異端児的存在であった彼の立場からの眺めが興味深い。

1997年8月23日(土)「長久手の花火大会」

 昼間、家人の不要になった服を処分しようと、どうせ捨てるなら古着屋にでも売るかと検討するも、買い取りをする古着屋というのはなかなかないらしい。あきらめようかと思ったものの、質屋でも取り扱っているらしいということなので、堀田周辺の質屋に持っていく。結果はペケで、相当イヤな顔をされた挙げ句、引き取れないとのことだったらしい。帰り道、念のため以前住んでいたところのそばの「質ウエダ」に見せに行く。そこでは、2000円で引き取ってもらえたらしい。買ったときの値段では総額20万円ぐらいするものだったらしいので、あらあらである。古着といっても、ほとんど袖を通していないものばかりだったのに、古本以上に金にならんとはおもわなんだ。そんなもんなのね。
 夕方、義妹の夫の実家である長久手で花火大会があるというので、家族で出かける事にする。夕飯を済ませて行こうという事になり、原の「クラブ亭」に寄る。一度「わらじカツ」なるものを食してみようと思っていたので、やっと念願を果たせる。さすが、出てくるとその巨大さに圧倒される。肉は薄く柔らかく、衣はサクサクで、甘めのソースが合って、結構いける。値段もまあ手ごろではあるし、子供連れでも入りやすい。大正年間創業だそうで、母に確かめると、栄に合った頃、母の育ての母が働いていたらしい。カニクリームコロッケもなかなか。ハンバーグはいまひとつであった。
 七時から始まるというのでそれぐらいに現地に辿り着くも、すでに周辺は大混雑。うーむ、結構大規模なものだったのね。ちょっと予習不足。車を停めるところに相当難儀する。とりあえず、家族を会場近辺に降ろし、かなり遠くの住宅地に路駐。えんやこら歩いて戻ると、宴たけなわ。COOPの駐車場に設営された長久手カラオケ同好会による、カラオケステージの真ん前にわが一族の席がとられている。義母、義妹と旦那と息子、義弟と奥さんと娘、うちの母、妻、娘二人と大人数である。義妹の義父(ややこしいな)が、ステージでは司会進行を名調子で進めている。テーブルを前に椅子にゆったりしてビールなどを飲むうちに、やがて花火が上がりはじめる。うーん、こりゃいい雰囲気。こんな贅沢な花火見物は初めてだ。いや、もっと簡素なものを想定していたのだが、大満足。珍しくビールを大コップ2杯も飲み、いい気分で帰途につく。

1997年8月24日(日)「カレー屋マタンゴ」

 長女はまたしても義妹の家族とプールに出かけたので、家で過ごす。スペースシャワーでサザンの特番「01Message」とかやっているので、録画しつつ見る。インターネットでもReal Playerを用いた放送をしていたが、途切れ途切れで全然ダメね。やっぱこーゆーのって、専用線じゃないとつらいのかしら。
 途中で、アピタなどへ買い物に出かける。睦夫氏と約束があったので、5時ぎりぎりに家に戻ると、電話。約束とは、借りていたCDを塩釜口まで届けるというものである。何故、塩釜口かというと、「カレー屋マタンゴ」なる店でイベントがあって、そこで借りていた「Persuit of Happiness」の曲をかけるのだという。なんだかよくわからないが、相変わらずそっち方面では精力的である。面白そうなので参加しようかとも思っていたのだが、結局娘を迎えに行かねばならないので、CDを届けるのみに留める。場所を聴いて、あああそこかなとあたりをつけていた場所に、果たしてその「カレー屋マタンゴ」なる店はあった。不二家のかどをずっと北に入っていった交差点の角にある、古い2階建て店舗長屋のひとつが黄色く塗られている場所で、たしか昔、短期間古本屋のあった場所である。中へ入っていって「渡辺睦夫という人に荷物を持ってきたのですが」と、カウンターのお姉ちゃんに言うと、「2階のイベントの方ですか」と言われるので、狭い階段を上がって行くと、そば屋の2階みたいな畳敷きの場所が会場であった。持ち込んだと覚しきプレイヤーの数々が並べられた席に睦夫氏はいた。えらいところでやるなあ。
 睦夫氏にブツを渡し、興味本位から後ろ髪を牽かれる思いで会場を後にし、娘を星ヶ丘まで迎えに行く。帰ってきて、レバニラ炒めを作る。良い味に仕上がり満足。夜、母の妹夫婦が富田からの野菜を持ってきてくれる。

1997年8月25日(月)「Books野並」

 帰り、御器所で桜通線に乗り換え野並経由で帰る。野並でBooks野並に寄るためである。この辺ではまあまあ大きな本屋。3階にアニメ系の店が入った、昔の三洋堂みたいな店である。まんが秘宝の2と唐澤俊一の『カルトな本棚』、ナンシー・A・コリンズの『フォーリング・エンジェル』を買って帰る。
 会社の方で、NTでネットワークを組むことになったので、少し知識を入れておかなければならない。今までLANとは無縁のスタンドアローン人生を送ってきたので、NTというよりネットワーク関連の語句についていけない。アンチョコを買って読んでいる間に寝てしまう。

1997年8月26日(火)「デジモン入手」

 長女が友達の影響か、最近やっと「たまごっちか恐竜のやつが欲しい」などと言い出すので、会社でその話をすると、吉田さんが家に買い置きしてあった(!)デジタルモンスターを1つ持ってきてくれたので、早速購入する。帰宅し、手渡すと長女は大喜び。とりあえず育て方をこちらが学び、レクチャーしなければならない。こーした単純なタイプの育てゲーに、僕自身はあまり魅力を感じなかったので、今まで見向きもしなかったのだが、そうも言っておられない。説明書をざっと読み、操作方法を説明する。孵化させて1時間程はピーピーピーピーと大騒ぎである。しかしこれ、夜はずっと寝ておってくれるのだろうか。長女は「学校行くようになったらおばあちゃんお願いね」などと言ってあっさり断られていた。とはいえ結局大人が振り回されるようになるのだろうな。そーゆー意味でも現実のペットと同じなのね。

1997年8月27日(水)「01 Message」

 日曜日に録画しといたサザンの特番「01 Message」を通して見る。うーむ、やっぱサザンは良いな。番組自体はまあ、中途半端に「レット・イット・ビー」を意識した、どーということもないものであったが、未完成の新曲群がまとめて聴けたことは収穫。どれもこれも良し。最後は屋上ライブとかやったりして、まあ、まず大丈夫だとは思うが、来年20周年ということで一通りコンサートツアーやった後、解散なんてするんじゃねえだろうな。なんか番組中の萩原健太との対談でも思わせぶりではあったが。

1997年8月28日(木)「なんもなし」

 特に何もなしの一日。文春、ブロス等を読んで、録画しといた「カウントダウン」の特番等を見つつ寝る。

1997年8月29日(金)「さらになにもなし」

 今日は今日とて何もなし。会社の方も嵐の前の静けさか、取り立てて忙しくもなし。
 この間からちょぼちょぼやっていたブックマークの整理の仕上げに、更新巡回記録ソフトのwwwcの設定の改訂をしておく。ここがも少し固まったら、「リンクでポン」でも改訂したいね。明日は会社の連中と海で花火の約束。どうなることか。

1997年8月30日(土)「夏の終りの花火大会」

 またまた義妹の家に泊まりに行っていた長女を迎えに行きがてら、母を自由が丘の叔母の家に送り、星が丘へ。義母、義妹家族と長久手の「浜木綿」で、昼飯。Bランチ880円はなかなかお得。台湾風酢豚がかなり辛かったが。
 洗車の後、いったん自宅へ。すでに4時。会社の連中と海へ花火をしにいくことになっていたので、連絡待ち。どーせ知多半島ということなので、大高インター近辺で合流することにし、長女のプールの予約変更をしにいった後、星崎方面へ。
 メンバーは、中野、洞口、吉田、そしてお久し振りの田中さん。知多半島道路を通って、武豊ICへ。適当な場所を求めて、結局野間の方へ。ほとんど内海である。7時ごろ到着で、あたりはほぼ薄闇。10分ほどするうちに真っ暗となる。1時間ほど花火を楽しんで引き上げ。うーん、贅沢というかなんというか。花火をするためだけに海へ行くというのは、粋というのかなんというのか。長女は結構喜んでいたが。
 名古屋へ戻ってから飯を食おうという事になり、再び知多半島道路を引き返す。島田のイタ飯屋へ行くも、9時半頃にも関わらず30分待ちとのことで、あきらめて植田方面へ。スパゲティの「aiueo」へ行くも、ここも満員。みんなもっと早く飯を食わんか。閉店寸前のとんかつ屋に滑り込み。前の家のすぐ近所で、1回行っただけだがお気に入りだったところ。以前この日記でも触れたかもしんない。相変わらず満足。吉田さんの頼んだチキンカツが圧巻。スゲえボリュウム。あの中野をして「俺頼んだら食えんかもしんない」とのたまわせた。当然の事として、残りにありつくが、肉は柔らかくあっさりしてうまい。値段も手ごろだし、名城大生向きの店とはいえ、お勧め。そこで解散。帰ると11時。彼らはそこからカラオケに行ったことであろう。いやそうに違いない。

1997年8月31日(日)「大府アピタへ」

 TVでは、まる子ちゃんやカツオが、宿題の残りに四苦八苦している。今日で夏休みも終りというわけだ。勤め人になって、さほど関係がなくなったこの日付も、学校に通うようになった娘を抱えるようになって、また再び意味を持つようになった。といってもまだ1年生では宿題の残りもなにもないわけだが、彼女にとって明日から確実に生活が変わるわけだ。
 午前中、緑図書館に本を返しに行く。また少し借りておく。冷やし中華を食って、午後からは大府市にできたというアピタに出かけることにする。
 うちからはどうやって行くのが近いかと思ったのだが、とりあえず有松を突っ切って、直線距離では最短の筈の道を通って行くことにする。これが一筋縄ではいかない。まず鳴海住宅が良くない。まともな道が走っていない。団地のくせに一体どういう計画のもとに建設されたのか。思うに当時は、有松を玄関口として建設されたのであろう。北の方から入り込むと道が整備されていなくてわけが分からない。なんとか通りすぎて名古屋本線の踏み切りを渡り、旧街道に出てさらに国道1号を渡り、23号に向けて走るわけだが、ここでもわけの分からない道に入り込み、愛知用水の流れるそばに不気味な廃屋と化した謎の洋館とかあったりして、緑区はまだまだ奥が深いと思わせる。
 大府市に入ると、あちこちに立てられたアピタの看板が目的地まで誘ってくれる。例によって田んぼの真ん中にポツンとそそり立っている。大きさとしては南区のアピタよりは小さいかな、港区のアピタと同等かちょっと大きいぐらいかもしんない。但し2Fまでなので、実質的には緑区のアピタを少し大きくしたぐらいか。大きいという評判だったのでちょっと肩透かしを食った感じ。ま、でかいことはでかいんだけどね。適当に買い物等をして、おばあちゃんが長女にピカチュウのキーホルダー、次女に動物の声が出る絵本などを買い与え、大府を後にする。
 帰りは大高の方から帰るが、こっちの方がスムース。途中、滝の水の栄進堂に寄り、パソコン関連誌数誌と、SFMとイアン・マグドナルドの新刊『火星夜想曲』を購入。コリンズの『フォーリング・エンジェル』を読み終わったので、明日からの通勤の友としよう。

1997年9月1日(月)「銀背購入」

 帰り、いつものように古書店街をぶらついていると、山星書店の棚ざらしに銀背がどどっと並んでいるのを発見。念のため書いとくと、ハヤカワSFシリーズの事ですね。500〜800円とたいして安くはなく、一頃に比べれば安いかも知れないが、ここんとこそんなに高くないようなのでなあんだと思ったものの、一通り物色。とりあえず「宇宙恐怖物語」と「観察者の鏡」を購入しておく。学生の頃は、海星堂とかにズラズラと並んでいても、高くて買う気がおきなかったものだし、その後あまり見向きもしなかったのだが、今は欲しい。いつ読むとも分からないのだが、まあいいか。
 我が家のデジモンは無事、なめくじに進化した。ナメモンというらしい。とほほ。土曜日吉田さんのデジモンと比べて見ると、体重が異様に多い。せっせとエサを食べさせる割りにトレーニングを全然しないのが原因らしい。知らん間に「太郎」という名前がついている。

1997年9月2日(火)「WIN不調」

 どーも、winの調子が悪い。8月半ばにマザーボードを430TXに交換し、CPUも以前もらったままほかっていた166につけかえたのだが、今までまあまあ調子良かったのにな。突然CD-ROMを認識しなくなり、セカンダリのHDも互換モードでしか認識しない。しかも3回に1回しか起動しないというひどい有様。うーむ、まとまった時間が取れないのでとりあえずほっておかざるを得ない。
 図書館で借りてきた新野新の『まるごとなにわの芸人はん』を読む。この人も大阪では超有名なんだろうけど、東京ではほとんど知られていないんだろうね。名古屋でもあまりお目にかからないぐらいだ。かなり古くからの人なんだというのは、これ読んで初めて知った。

1997年9月3日(水)「創元リスト到着」

 床屋に寄る。こちらに移住してからずっと行っている原駅の床屋である。安くはないが、仕事が丁寧で好感が持てるので通っている。おまけともいえるマッサージ等も実に手抜きなくやってくれ、親父とも不思議と話が合うので、不満を覚えたことがない。親父に「今、32歳ぐらいでしょう」と云われ、図星なので驚く。客商売おそるべし。
 家に帰ると、英樹氏から封筒が届いている。あれ、T.T.もう出たのかなどと思っていると、果たして懸案の「創元推理文庫SF全リスト」であった。構想・制作足掛け4年になるのかな、ついに完成である。創元SFのすべてのオリジナル表紙絵を取り込んだ、ビジュアリスティックなリストである。しばし、眺めて楽しむ。見ていて気付いたのだが、シルヴァーバーグの『時間線を遡って』と『禁じられた惑星』は、真鍋博の例の絵のカバーで、良く似てて区別がつかんなあとは思っていたのだが、並べられているのを見てビックリ。同じ絵じゃねえか。ギャフン。

1997年9月4日(木)「ウィンドウズ・スタート」

 「月刊WINDOWS START」という雑誌はその名の通り初心者向けの雑誌なのかと思って馬鹿にして見ていなかったのだが、パラパラめくってみると今月号に「ウィンドウズ95の重要チェックポイント100」という特集が載っていて、それがまた微に入り細に入った記事であったので、驚いて購入する。もちろん決して上級者向きというわけではないのだが、コントロールパネルの全解説やシステムのプロパティの全解説など、うっかり見過ごしてきた重要な事柄が多くとてもためになる。ま、僕が勉強していなかっただけなのだけど。だってファイルシステムのパフォーマンスで、RAM32MB以上ならば使用目的を「ネットワークコンピュータ」にした方がパフォーマンスが上がるなんて、ついこないだまで知らんかったのだぜ。誰か教えてくれよ。

1997年9月5日(金)「SF翻訳出版活況」

 今週に入って、更新をサボっているので一気に巻き返しを図る。なんか、知らん間にカウンタの数字がガンガンあがってるんですが、誰か悪さした?
 『火星夜想曲』を通勤途中でポツリポツリ読んでいるのだが、かなり良いす。決して読みやすい文でもないのだが、また読みにくいわけでもなく、いろんな要素がぶち込まれていてとにかく楽しめる。今日の新聞広告にはギブスンの『あいどる』が出たとある。今年は凄いよね翻訳状況。ギブスン、スターリングがあって、ベア、ソウヤーのネビュラ受賞2作があって、スミス、ラファティのマニア泣かせがあって、クロウリー、バンクスの渋めも出た。いやあ、俺のSF復帰元年(なんだそりゃ)を祝うかの如く出版状況だな。これが、「SF冬の時代」なんて論争と同じ年の出来事だなどと、後年誰が想像するだろうか。

1997年9月6日(土)「同僚来たる」

 出勤日。会社が終わったその足で、中野大先生と野呂君が我が家にいらっしゃる。野呂君がうちのPCを改めて見たいというのが名目だが、win絶不調の折、とりたてて見せるものはない。中野ピョンキチはどらエモンのシール切手、野呂君は「ワンワン物語」なる大変怪しげな中国製のたまごっちバッタモンを、それぞれ娘へのみやげに携えてきてくれた。すまんのう。
 二人ともここを覗いてくれているのだが、「choice」のページが見にくくなったという。どこが新しい記事かわからんというのだ。いや、新しい記事は常にトップに表示されるようにしてあるんすがね。古いのを分類整理してあるだけなのだ。もっとも、最近増えてないから余計分かりにくいかもしんないけど。もちょっとしたら、手を加えとくよ。
 適当にめしを食いに出かける。滝ノ水近辺をうろうろするも、結局以前入って結構うまかったラーメン屋に入る。中華そば風の店だが、今回あまり感心せず。そのまますることもなく車でうろつく。白土のあおい書店まで行ったりして時間をつぶす。時間をつぶすったって、何に対してかもよくわからん。八事に向かって壇渓通りのカラオケで一時間。そこを出て、いりなかのロイホで3時までしゃべくる。うーむ、こーゆー生活、とっても久しぶりね。4〜5年前はこんなんばっかだったような気もするが。

1997年9月7日(日)「win復旧と古本屋の日曜日」

 なんとか昼前には起きる。とゆーか、10時半には起きていたから、俺も立派になったものだ。一頃は、日曜日というものは昼からしか存在しないと思っていたぐらいだからな。
 一念発起して、PCのふたをまた開ける。きっとディスクコントローラ周りの接続がいかんのだろうと、接続をすべてやりかえる。HD2台とCD-ROMをIDE接続しているのだが、その従属関係をあれこれと入れ換える。そーこーするうちに立ち上がらなくなる。うーむ、額に汗。なんか、ピンも折れてるような気がするし、大丈夫だろうか。あれこれするうちになんとか立ち上がる。CD-ROMも知らん内にドライバが外れていたではないか。winの設定も徹底的にいじる。なんとか、正常に動くようになる。プリンタだけは、プリンタ本体も悪いのか巧くいかない。まあ、とりあえずは良しとしとこう。
 夕方前に、またふらふらと家族で出かける。特にあてはなかったのだが、気がつくと刈谷の公園に向かっていた。刈谷って初めて行ったかもしんない。ま、特にどーということもない城跡公園だったので、先週同様大府市に向い、コメダなどに寄った後、名古屋に戻る。と、途中で古本屋発見。結構大きな古本屋でキレイに分類わけなどされていて、品揃えもなかなか。SFMの最近の買い逃していたバックナンバーを少し買う。大高からなら近いので、また行くとするか。

1997年9月8日(月)「特になにもなし」

 うんと、特になにもなし。夜はたまっていたデジカメのダビング。VHSに落としておくのみだが、それなりに時間がかかる。デジタルで残しておいた方がいいに決まっているが、テープも高いからねえ。も少し安くならねえか。せめて60分500円。

1997年9月9日(火)「会社のPC選び」

 朝から前夜の残り雨。小雨程度だが、バスが普段の倍の時間かかり、遅刻。ったく、しょーがねえよな。雪じゃあるめえし。
 会社に今度導入するネットワークのクライアントとして東芝のPCを、納期の関係で泣く泣く選ぶ。ホントはDELLかGATEWAYにしたかったのだが、まあ破格の値段を東芝の営業がつけてきたので良しとするか。Pentium II 266でトータル96MB RAM、ネットワークカード込みでモニターなしの本体のみだが、3台で1本ぐらいの値段だったので悪くはない。性能や安さを狙えばキリがないが、会社で買う以上、サポートの件も軽視するわけにはいかないからね。
 野呂っちに貰った「ワンワン物語」は、バッタもんらしく最初から電池が不安定でまともに動かなかったが、野呂自ら意地をかけて修復。なんとか動くようになった。外見はちゃちいがなかなか良くできている。また、ピーピー悩まされるのか。

1997年9月10日(水)「会社の話」

 会社の方は、打ち合わせ等で一日が過ぎる。システム導入の件である。まあ、ずーっと前からやいやい言っていたのが、やっと動き出したと思ったら、まあバタバタである。いつものことなのだが。おかげで、あっと言う間に一日が過ぎる。
 先に仮導入された、winベースの組版機の威力にホクホクしている。従来、286ベースの専用機で動いていた組版言語(CORA)が、WIN95上でバンバン動くというソフトなのだが、うちにとっては待ち望んだソフトである。大げさではなく、百倍以上の速度が得られる。まあ、今までが遅すぎただけなのだが。まだ、設定等あちこちいじらねばならぬので、本使用にはこれからなのだが、自然と頬が緩んでくる。
 うーん、書くことがないので、会社での話を珍しく書いてみました。

1997年9月11日(木)「二丁目芸人のことなど」

 昨日はホクホクしとったわけなのだが、ソフトの方はあちこち不具合が見つかり、しかも定例会議でもなんかいやな気分になり、帰ってくる際には少々不貞腐れている。
 おとつい録画した「すんげーBest10」を見る。今回はあまり感心したのがない。水玉れっぷう隊が満点の100ポイントを番組初とやらで取ったのだが、ネタの内容はイマイチ。確かに女の子ウケするコンビではあるなあ。ドレスは、非常に地味だし、素人臭さが気になるが、今まで見た二つのネタはどちらもGood。うまく化ければこれからが楽しみ。二丁目芸人はまだまだ未見のものが多い。第一、ジャリズムでさえ、ちゃんと見たことない。うーむ、天然素材の時代からこっち、吉本関係はちゃんと見てないからなあ。勉強します。

1997年9月12日(金)「NTが来た」

 昨日、早くも会社で注文した東芝のPC3台がどどんと届いた。まだ中身のアプリが届いとらへんっちゅうの。しょうがないので、今日一台開ける。おお、Pentium II 266! おお、NT! NTは初めてなので少しとまどう。ネットワーク関連のことだけきちんとやっておけば、まあなんとかなるっしょ。
 夜、滝の水の栄進堂へ行って、一時間ほどぶらぶら。うーん、今週は本屋はご無沙汰だったな。鶴舞の日進堂は、帰り際に5分ぐらいは見回すのだが、新刊が必ずあるわけでもないので、雑誌のチェックぐらいしかできない。大体、帰り道に本屋に気安く寄れないのがイカン。原ではバスのタイミングが気になって、おちおち立ち読みもできん。いりなかで途中下車するのもバカらしいし。その点、以前の家は塩釜で降りれば三洋堂、植田で降りればコアさんあいと、どのみち毎日本屋に寄れたのだから幸せだったことよ。原のバスターミナルは即刻2Fのゲームセンターを撤退させ、本屋を入れるように。
 おお、講談社の大衆文学館から都筑道夫の『猫の舌に釘を打て/三重露出』が出ている。すばらしい。でも、このシリーズ高いんだよな。1000円以上するのがザラ。文春、ブロス、AJAPA2号買って帰る。

1997年9月13日(土)「大雨の中津川行」

 マイカル桑名でも行こうかという話が、予定変更になって、あてどもなくとりあえず「涼しいとこ」という条件のみで、10時頃我が家を出発。「涼しいとこ」ったって、あーた、雨降りまっせ、台風来とるのやから。しょーがないので、長久手方面から瀬戸に抜ける。ここまでですでに1時間経過だ。岩屋堂公園なるところに向かうが、降りたとたんに雨。しかも遊ぶとこなさそう。車にUターンして、そのまま北へ。多治見に出る。そこで母が「中津川にそば食いに行こう」と言い出すので、中央道のインターに乗る。これがまた混んでる。そーか、連休の初日なのね。やっとの思いで中津川。19号沿いの「くるまや」なるそば屋。有名ではあるらしい。満席。なんとか座って、腹いせに盛り蕎麦と掛け蕎麦の両方食う。思ってた蕎麦ではなかったものの、まずくはない。黒い蕎麦が好きな人にはお勧め。店を出た時点で、すでに3時だ。小雨は降ってるし、子供を遊ばせるところもない。仕方なく、稲武−足助経由で帰ることにする。山間部に入った途端猛烈な豪雨。前も見えんような状態。なんか知らんが、わし、岐阜県行く度に大雨に振られるような気がする。山越え、川越え、伊勢神トンネル越え、足助に差しかかるとやはり猛烈な渋滞。ここはいかんですよ、ホント。必ず渋滞する。紅葉にはまだ早いし、雨だしとタカをくくっていたが、甘かった。構造的に渋滞するようになってるのね。30分程そのまま進むが、香嵐渓に入ったところで我慢仕切れずUターン。藤岡方面から抜けることにするも、凄い山道。勾配はたいしたことないものの道が凄い。山あいの村落の中の道はとーぜん、対向などすれ違えない。まあ、基本的にこーゆー道は好きなのだけど。なんとか抜けて豊田へ。153沿いに帰ってきた。さすがに疲れてバタンキュウ。

1997年9月14日(日)「ボーリング等」

 10時頃にはなんとか起きて、のんびりするかと思っていたら、義妹からTEL。矢田川でバーベキューをやろうというのだが、雨降りまっせ。計画を変更して、ボーリングをすることに。途中、公園など寄って、不二家で昼食を取った後、笠寺の富士ボウリングへ。ここは、子供用にガーターをつぶせるので、よく利用する。おかげで、わしもガーターなしだ。それな夜は夜はのに、80台のスコアとはどーゆーわけだ。
 夜は久々にネットサーフィンを集中してやる。ふと気がつくと3時だ。慌てて寝る。

1997年9月15日(月)「自室の模様替え」

 起きると12時半。おお、昼過ぎたのは久々だな。起きていきなりお好み焼きを食わされる。まあ、家人にとっては昼食なので当たり前か。
 思い立って、自室の模様替えをすることにする。模様替えといっても、本棚の位置を替えるだけなのだが、これが大変なのだ。文庫専用のスライド棚が入口付近にあって落ち着かないので、奥の方にある棚と入れ換えようと思ったのだが、それにはまず、本を全部出さなくてはならない。考えただけで、めまいがする。やって当然、めまいがする。半日かけてなんとかやり終える。落ち着いた気分になって、なんとかこの日記を6日分ぐらい仕上げる。ああ疲れた。だから溜めるなって。おかげでchoiceがちっとも更新できんぞ。ま、あまり最近文化的な生活してないので、お勧めできるようなもんもないんだけどね。あ、『火星夜想曲』は読み終えたが、お勧めだけど。詳しくはいつかchoiceで。

1997年9月16〜20日(火〜土)「特になにもない一週間」

 おお、早速サボってしまっている。この一週間会社に通う以外、特になにもないので、まとめて書いておく。久々残業ウイークではあった。
 先週届いたNTをいじりまくる。セットアップし、アプリを入れ、しかしまだサーバーが来ないので本格的なネットワークは組めない。95とのみピア・ツー・ピアで接続してみる。わけわからんままやるので、苦労したが、結局はあっさり繋がる。改めて勉強ですな。パソコン歴はそれなりになってきたものの、スタンドアローンでずっとやって来たので、ネットワークそのものの概念がまだよく分かっていない。ま、元来ちゃんと勉強せずに、カンだけでコンピュータをいじってきているのでいかんのだが。ま、しかしなんだかんだいじってると面白いわ。
 Nifへの自宅からの通信は、半年程Air Craft for WINの評価版を使ってきたのだが、会社で使っているWith Niftyに乗り換えることにする。エアクラはDOS時代からの馴染みなので、期待しているし、またかつ、高機能でよくできているとは思うのだが、いかんせん重い。アプリ自体が重いというより、設計思想そのものが思いというのか、あれもこれも詰め込み過ぎで、気軽な感じがしない。そういう意味ではDOS版のエアクラを引き継いでいるのはやはり、With Niftyということになるのだろう。周辺ソフトと組み合わせ自由自在というところがやはりナイス。従来は秀タームの通信エンジンを使わねばならないところがネックといえばネックだったが、この度エンジンも独自のものを積み込むようで、ますます本家DOS版エアクラ化だ。
 半年ぐらい使ってきたトップページのロゴを、思い立って作り替える。ホントは全面的に見直したいのだが、なかなか取りかかれない。気に入ったものが出来たので『名古屋エレキング倶楽部』のシンボルマークとする。みんなバッチでも作るように。(誰だ、みんなって)。なんせ、うちの唯一の画像ですから。

1997年9月21日(日)「久々の覚王山」

 何を隠そうこのわたしは覚王山生まれである。覚王山、王の目覚める山ですぞ。そこで目覚めたわたしは、5歳までであるが、日泰寺参道沿いのアパートでお過ごしになったのですな。だから、日泰寺の境内や参道沿いの店はそれぞれ馴染み深い思い出の場所である。毎月21日には弘法さんといって、参道沿いにズラズラと出店が出るのであるが、今日は久方振りにそれに行ってみようということになり、午後家を出る。ちょうど、TV愛知の『オイシイのが好き』でも覚王山特集をやっており、顔見知りの店が映ったりしていた。
 久しぶりって言っても、そうね、20年振りぐらいかのう。小学校の時以来、弘法さんには来てないからね。しかしまあ、基本的には変わってないっすね、雰囲気も。みたらし団子や焼きとうもろこしを買ったりしてぶらぶら。みたらし団子って、そうそう、この間、『P.S.愛してる』で見るまで忘れてたけど、ここにあるのって、甘いどろっとしたタレじゃないのね。というか、これも名古屋特有らしいのだけど、ほとんど醤油のみのタレなのね。全然甘くない。そーか、これ食べて育ったので、後年普通のみたらしはあんまし好きじゃなくなったのか。今回食べて再確認。でも、今日のはちょっと焼きが足りなくて、失望。
 夕食用に多古八のくしカツを20本程買って、以前住んでいたアパートで仲の良かった石川のおばちゃんを尋ねる。これまた久しぶり。部屋の中も変わってなくて、おばちゃんも変わってない。
 家のそばの公園に寄って帰る。

1997年9月22日(月)「久々の終バス」

 久々に帰りが遅くなり終バス。ま、昔に比べるとこのバスの制約のおかげで、遅いと云ってもたかが知れている。基本的には日付が変わる前には帰りたい人なので、以前からそんなに無茶な残業はしなかったけどもね。夏場は大体残業が少ないので、そろそろシーズンかなってとこはあるけども。システムも入れ替わることだしね。
 というわけで、なんか疲れてバタンキュー。

1997年9月23日(火)「また瀬戸行」

 休日。午前中、家人達は、自由が丘のおばさんを迎えに出かけたので、昨日つけなかったパソコンのスイッチをつける。SFのメーリングリストが開設されたようなので、興味本位で参加してみることにする。早速活況なようだ。メーリングリスト自体は、他に森さん中心のTech-Pen MLや、会社関係でDTPやPDFのMLに入っておるわけで、またまたメールの数が増えそうだ。
 おばさんがやって来ると、そのまま昼食にうどんを食べに行こうということになり、豊明方面へ。そのままおばさんのリクエストで瀬戸に茶碗を買いに行くことになる。まあ、休みになると何処へだか出かけていることは皆さんご承知の通りですが、なんか出かける方面が偏っているよな。大府へ行けば二週連続だったり、瀬戸もこないだ行ったばかりだ。
 瀬戸の帰りは自由が丘に直行。おばさんの家で焼き肉を食べる。おばさんを迎える筈が、結局一度も家に招くことなく、迎えられるという一日であった。

1997年9月24日(水)「BLT最終回」

 実は今まであまり見れなかったのだが、日テレ系「TVじゃん」の水曜枠「BLT」が、今日で最終回となった。大竹まこと、東野幸司、板尾創路の3人が数々の企画をこなしたこの枠は、古くは「EXテレビ」火曜枠の上岡龍太郎・島田紳介コンビ、はたまた島田紳介・大竹まことコンビのよみうりテレビ制作の流れを組むものであったようで、数々の実験的試みがなされたようである。EXテレビの頃は、毎週欠かさず見ていた。この企画から「なんでも鑑定団」が生まれたというのは有名な話。それ以外にも数々の番組に企画がパクられている。島田・大竹コンビの頃からほとんど見れなかったが、たまたま見ると、TVの放送機材をひとつひとつなくしながら放送を続けるという、まるでTV版「残像に口紅を」みたいなことをやっていて仰天したものだ。
 今日はたまたま偶然見たのだが、最終回のカメリハそのものをいきなり流し始めた。とーぜん、スタッフはバンバン映るし、出演者のダラケ加減もそのまま。まあ、狙って撮ったものと云われれば確かにこの枠に限っては怪しいものだが、それでも映像は確かにカメリハそのもの。ブレーンとして参加しているらしい木村祐一とかも映る映る。番組はそのまま進行し、普通ならその段階でボツ的な企画も放映される。で、最後はまあ予想していたと云えば予想していたのだが、カメリハが終り、客入れをして、スタッフによる前説の後、本番スタート、司会者登場といった場面でいきなり「BLT終」の文字が出て終り。うーん、カッコ良すぎ。録画しとけば良かった。

1997年9月25日(木)「大介のラーメン」

 昼飯はここのところずっと会社近辺で外食している。まあ、鶴舞という土地はとりあえず都心に近いというかまあ都心のはずれなわけで、会社近辺でも食事ができるところは少なくはない。しかしながら、毎日ということになるとさすがにどこも飽きてくる。で、時には足を伸ばして大須や東別院方面にも足を伸ばすわけだが、さすがに遠い。
 その中で、最近のお気に入りは「喜楽」「チャンピオン飯店」「大介」といったあたりになるのだろうが、今日は「大介」に行った。ここは、記念橋を渡ったところにあるビルの地下の中華屋なのだが、割りに安く味もうまい。炒め物系は味が濃く、油をたっぷり使って強い火力で炒めましたという感じが出ている。ラーメンもうまい。麺が「つやぷり」系で(なんだそれ)、ランチにも小サイズのものがスープ代わりについてくるが、なかなかイケル。以上、今日の報告。

1997年9月26日(金)「独り言系の方」

 あの、よく電車の中や道端で独り言を言ってらっしゃる方々がお見えになりますよね。毎朝の通勤バスでも一人、3つ先の停留所から乗ってくる人で、頼まれもしないのに、乗車整理をしたり、運転手さんに指示を出したりしてる人がいるだが、今日の帰りのバスに乗り合わせた方はちょっと異質だった。
 最初は気付かなかったのだが、満員だったバスの乗客が少しづつ降り空いてくると、その声は聞こえてきたのだった。「銭形のとっつあん、銭形のとっつあん、銭形のとっつぁん、銭形のパパ」。
 いやその、銭形のパパ、って。さらに「峰不二子、峰不二子、ルパーン三世....」。別に物まねをしてるわけでもなく、ただルパンの登場人物の名を唱え、それに対しなんか論評を加えているようなのだが、その論評が小声のせいかあまりよく聞き取れない。ちらりと声のする方を見ると年齢不詳、性別不詳の小太りの人物がドアに向かってしゃべり続けている。
 そのうち話題は「ハッチポッチステーション」(グッチ裕三が教育テレビでやっている子供向け番組)に移り、その後、「ドリフの大爆笑、ドリフ、ドリフの大爆笑はおもしろい....。ドリフ、ドリフの全員集合、全員集合もう一度やって欲しい」などと言い出す。何者だあんた。これをずーっと棒読み口調でしゃべっているのである。うーむ、よく聞き取れなかったのが残念だ。今度出会ったら是非そばまで寄ってみようとは思うが、少し怖い。

1997年9月27日(土)「野呂家訪問」

 今日は、ずっと以前から計画されていた会社の野呂君の家に午後から伺う。場所は堀田。名古屋のブロンクス、堀田である。いーのかインターネットでこんなこと書いて。
 他に中野、洞口の両君とともに訪れ、まあ何をするということもなく、Gatewayをいじったり、シンセをいじったり、サターンをいじったりして過ごす。飯を食う時間になったので、今日は一万円出しますという野呂君に、後輩であるということをまったく無視して甘え、神宮そば三本松の焼き肉屋に繰り出す。とーぜん一万円で足りる筈も無いのだが、各種いろいろ喰い、満腹になったところで、金山方面に出来たナムコワンダーランド(?)に繰り出す。GROOVE!とかCASAと一緒になった巨大ゲーセンではあるが、結構駐車場は広いのに入るまでに車の行列が出来ていて、かなり待たされる。で、本屋、レンタル、ゲーセンなどをひやかして解散。夜遊びは久々なので、改めて思ったが、最近の若い奴はホント背が高いよね。なんか。僕自身高い方なので、普段あまり思わないのだが、今日はつくづく感じてしまった。
 とりあえず、野呂君サンキュでした。

1997年9月28日(日)「運動会日和」

 昨日までの薄曇りの天気が起きると快晴。雲一つなくまさに運動会日和である。というわけで、長女の小学校の運動会。家族全員プラス義母、義妹、その長男とで応援に出かける。風が少々きつかったが、からっとしていて実に気持ちが良い。こんな日に家に閉じこもっていた奴は誰だ。
 夕方、2週間遅れで図書館に本を返しに行く。また借りてきてしまうが、読めるのか。

1997年9月29日(月)「430TXマザーの秘密」

 また変だぞWindows。ちょっと目を離すとCDを認識しなくなっている。うーん、なにも状態は変わってないはずなのに。不安定過ぎる。と、思っていたら、今日発売の日経WinPCに仰天記事。なんと430TXマザーは、OSR-2のバージョンでないと、ちゃんと動かないらしい。そんなのってありか。そもそもOSR-2ってのはプリインストールのものでしか入手出来ないんじゃなかったっけ。自作派の人はどーすんの? ったく、そんなこったろうよ。

1997年9月30日(火)「I.E.4.0試用」

 いよいよ明日正式公開が迫ったI.E.4.0だが、実はまだプレビュー版も試していない。なんか重そうだし、システムぐっちゃぐちゃになりそうで、不安定極まりない今の環境に導入する気にはなれなかったのだが、会社の方のPCはまあまあ落ち着いているので、アンインストールを前提に、インストールしてみた。うーむ、いいじゃないの。チャンネルはちょっと邪魔だがoffにすればいいし、アクティブ・デスクトップもちゃんと使えば、やはり便利だと思うぞ。シングルクリックにはやはりとまどうが、正式版はダブルクリックデフォルトだそーだし、いいか。というわけで、来月末の雑誌発売時には正式版インストールしてしまうでしょう。


1997年10月1日(水)「特になし」

 おお、今日から10月だが、わしはまだ半袖だ。随分涼しくはなってきたものの、朝の通勤バス地下鉄がまだ蒸し暑い。他は別になし。

1997年10月2日(木)「再インストールの予感」

 とりあえず、CD-ROMを認識してくれない状態はいやなので、ドライブを以前の4倍速のものに取り替えてみる。おお、ちゃんと認識するではないか。つぅと、CD-ROMドライブがいかれてしまったということ? まだ半年程しか使ってないのになあ。真相は今だ不明。会社からOSR-2を借りてきたのでインストール使用としたのだが、今の状態にはアップデート出来ないようだ。エー、また環境一からやり直し? 気力がないので、休みの日にするか。

1997年10月3日(金)「ナディアパーク」

 帰り、野並経由で帰る。本屋に寄るも収穫はなし。帰ってくると、求職中の妻が職安で見つけた会社の人事に呼び出されているという。結果は採用。なんとナディアパークの中に事務所があるという。いいなあ。

1997年10月4日(土)「イトーヨーカドーとオールスター感謝祭」

 土曜出勤であったが、有給休暇を取る。子供二人の調子がおかしいので、午前中は医者に連れていく。たいしたことなく、午後からは、最中方面に出来たイトーヨーカドーに出かける。うーむ、広いことは広い。しかし、アピタやジャスコと比べて決定的にどこが違うかと言われると困るなあ。概ね品揃えは豊富という印象は受けたが、人がとにかく多すぎて疲れた。
 夜は「オールスター感謝祭」。この番組をこんなにずっと見続けたのは久しぶり。風呂に入っていた時間以外は全部見てしまった。それというのもここのせい。メーリングリストまで開設されているぞ。

1997年10月5日(日)「免許更新」

 朝、免許更新に行って来る。うーむ、平針に近いのでとってもラクチン。10時半頃行ったのだが、スイスイと進んだ。朝早くの方が混んでるかもしんない。折角無事故無違反だったのに、講習が義務づけられるようになってて無念。しかし、おざなりと云えばおざなりな講習。
 夜は、先週行った尾頭橋のナムコとGroove!の複合センターにドライブがてら出かける。今日はそんな混んでなかったぞ。改めて見てみると、たいしたことないなやっぱり。どっか、品揃えが強烈なレンタル屋とか出来ぬものか。

1997年10月6日(月)「ごっつスペシャル」

 夜は、昨日録画しておいた「ごっつスペシャル」を見る。エキセントリック少年ボウイは、耳について離れないのが悔しい。もう飽きたぞと言いたいところなのだが。「フォトバトル」の岸辺四郎には爆笑。あとはまあそんなものか。コントはしばらくやらぬのだろうか。

1997年10月7日(火)「記憶なし」

 どーということもない日。ま、そんなこと言っとったら大半の日がそうなんだけどね。ま、この日記もまとめて書くことが多いようになってきたので、はっきりいって記憶がないというのが正直な所。細かいことはなんかあるんだろうけど、忘れたよあたしゃ。

1997年10月8日(水)「何もなし」

 今日もなにもないぞ。だったら書くな日記を。ま、明日は出張なので、いっぱい書くことあるのでまあいいでしょ。

1997年10月9日(木)「東京ビッグサイト初訪問」

 6時半前起床。7時前のバスに乗り、8時4分発のひかりに間に合わねばならぬ。今回は部長が同行するので、道中はヒマがつぶせる。というか本が読めぬなこりゃ。
 IGASという催しが東京ビッグサイトで開かれるので、一応出張扱いの視察である。IGASとは、インターナショナル・グラフィック・アーツ・なんたらかんたらで、要するに印刷関連機材展である。2年に1回しか開かれない国内最大級の催しではあります。ま、僕としては基本的にプリプレスの分野しか直接には関係しないので、全体の1/3ぐらいしか廻らなくて済むとはいえ、巨大な規模である。
 10時過ぎに東京着。新橋まで戻って、ゆりかもめに乗車。東京新交通ってなんだと思いきや、単なるモノレール風のバスってことね。いきなり大混雑、すし詰めである。動き出して10分もしないうちに、突然停車。クーラーも切れる。なんだなんだと思っていると、台場駅で降りようとした客が無理やり閉まったドアを開けたので、全列車停電したとのアナウンス。まあ、安全装置が働いたということなのだろうが、無理やり開けられてしまうドアにも困ったものだ。おかげで、すし詰めの状態で、クーラーなしで10分ほど車内に閉じ込められるはめに。夏だったら死人が出たぞ。何が新交通か。
 お台場のフジテレビ新社屋の周りをぐるぐる巡るような形で、有明ビッグサイトへ。幕張メッセには毎年のように訪れるのだが、ビッグサイトは初めて。いや、でかいな、これは。こんなとこでコミケとかやるのか。おそるべし。前半は部長とともに西館を廻る。ペースを合わせねばならぬので、あまり捗らない。2時にもう一人の部長と待ち合わせをしていて、昼飯を食う。食い終わるとあと2時間しか残されていない。必死で、あちこち廻る。東館に足を踏み入れるとさらに巨大。ま、こっちは印刷・製本機が多いので、廻るのをあきらめ西館に戻る。それだけで30分ぐらい経ってしまう。
 まあ、毎度思うことだが、コンパニオンのおねえちゃんがたには感心する。説明に専門用語バンバン暗記して臨むわけでしょ。まだ、パソコン関係だったらわからんでもないんだけど、印刷用語なんて「トンボ」とか「ドブ」とか「面付け」とか日常用語とはかけ離れた物ばかり。日ごろはそんな言葉と微塵も関係がないだろうに、スラスラと説明するその姿は、偉いというかなんというか。
 ホトホト疲れ果てて5時閉館。無料送迎バスで豊洲まで。これまたギュウギュウ詰め。有楽町線で、池袋へ。部長と西口東口で分かれる。人に合う予定がキャンセルとなったので、サンシャインシティへ向い、前回うまかった記憶のあるラーメン屋に行く。「ラーメンがき大将」。まあ、2回目ともなるとわざわざ行くまでもなかったなと感じてしまうのは人の常。その時点で7時過ぎ。9時半のひかりの切符がとってあるので、まだ2時間ほど間がある。どーしようかと思い、そーだ、話題の「じゅんく堂書店」とかへでも、行ってみようと思いつく。本屋しか思いつかんのか俺は。しかし、まだオープンしたばかりの筈なので、地図等にも載っていない。東口にあるという情報だけは仕入れていたものの、東口といっても広うござんす。どこにあるか検討もつかない。とりあえずほっつき歩く。ほっつき歩くうちに、バーガーキングが目に入るので、ふらふらと入ってしまう。バーガーキングも前回うまかった記憶がある。しかし、ラーメンとミニチャーシュー丼とか食っているので結構満腹になっているし、ワッパーはきつい。超特大だからね。でも、せっかくだからとセットを頼んでしまう。ポテトが余計だが仕方ない。なんとか食って、ああ別に入らなくても良かったなと思うのは人の常。って、常人はしないかもしんない。
 適当に歩いても見つからないので、半分あきらめて駅前のリブロに入る。西武百貨店併設のここもでかい本屋だ。しかしながら既に閉店間近。早々に追い出される。途方にくれかけて、ふと向かい側を見ると、じゅんく堂書店。なんだこんなところにあったのね。いそいそと入る。閉店は8時半とな。リブロの流れ客を狙ったあざとい時間設定だな。まあ、有り難い。思ったより店内は狭い。東京堂とかよりも狭いのね。しかし評判通り、品揃えはなかなか。全集類とか揃えてあるのはなかなか便利かも。6階まで少しずつしか覗けなかったけども、とりあえず満足。出た足で、山の手線に飛び乗る。
 東京駅に着くと既に9時15分ぐらい。発車まで10分程しかない。なんか、いつも東京を離れる間際はバタバタするな。みやげ物屋ももう開いていないし、慌てて列車に飛び込む。東京に不案内な部長の姿も無事そこにあり、へとへとに疲れた二人は、名古屋に向かったのでした。

1997年10月10日(金)「ちかれた日(とほほ)」

 終バスは、とーぜんもう無く、野並まで迎えに来てもらって帰ると、12時半前。寝たのは結局2時半ぐらいか。腰と足が棒のようになっているので、とにかく泥のように眠り、起きると昼の12時半。
 昨日から長女はまた義妹達の所に行っているので、のんびりするかと思えど、買い物等に借り出される。歩き始めたばかりの次女を公園で遊ばせたり、なんだかんだであっと言う間に夜。あの、疲れ取れませんわ。

1997年10月11日(土)「CD借りまくり」

 実は先週の日曜日にあたりをつけてあったのだが、植田のサウンドベイが、1のつく日にレンタル半額というのを実施し始めたので、早速午前中から出かける。いや、今年に入って全然アルバム聞いてないんすよ。いつものようにシングルをどかどか借りて、アルバムも、スガシカオ、奥田民生、Puffyソロ、山崎まさよしと借りてくる。全部でカードの更新料含めて2泊3日1500円ぐらい。安い安すぎる。
 午後の買い物を挟んで、夜まで録音しまくり。それでもまだもの足りなく、11時過ぎに再びサウンドベイに向かう。Chara、カーネーション、槇原ベスト、オリラブ、中村一義、フィッシュマンズと借りてしまう。うわあ、まだ借り残しているものがああ。病気だな、こりゃ。
 しかし、洋楽聞いてないな最近。昼間買い物のついでに4343行って眺めていると、ボストンのベスト(新作含む)など出ていて驚愕。知らんかったわ。

1997年10月12日(日)「偶然の見学者」

 午後から大高緑地内の公園に出かける。途中、鳴海の辺で祭りと遭遇する。ありゃ、山車とか出ているなあと、車の外を眺めていると、踏み切りの手前の交差点で停められる。見物客も結構いて、猩々の面をかぶった人々など、祭り気分満点。そのうち神輿が交差点でぐるぐる回りだし、図らずとも最前列の特等席で見物するはめになった。すかさず、ビデカメで、一部始終を撮って得した気分。5分ほどで交通規制は解除されたが、去っていく祭りの一群に「お幸せに」の掛け声とともに、塩など撒かれ、車は塩まみれとなる。
 一旦、家へ戻って、イトーヨーカドーへ。長女が誕生祝に時計のバンドを買ってくれる。お金は義母から出ているのだが。
 しかし、今日の日記のタイトルが「アクシデンタル・ツーリスト」のもじりだということを誰が判ってくれるだろうか。

1997年10月13日(月)「『ごっつ』終了へ」

 突然のヤクルト優勝試合放送に抗議して、松本人志が『ごっつええ感じ』を降りるというのを受けて、『ごっつ』打ち切りだそーである。えらいことになったものだ。NiftyのFTVAで第一報を見たのだが、予感は確かにあった。会議室でも物議を醸していたし、そもそもあの日、7時にいきなりエキセントリック少年ボウイではなく、木佐アナが画面に移った瞬間も、松ちゃんはこのことを知っているんだろうかとぼんやり考えたものだ。松本人志にとって、一応『ごっつ』はメインの番組であったはずで、それだけ意気込みも他の番組とは違っていただろうことは判っている。今回のこの騒動が是であるか非であるか、そんなことはどうでもいいのだが、松本の行動が大人げないものだと言えば言えるだろう。ただ、それを非難しようという気持ちは特に起こらない。
 下司に勘ぐれば、最近の『ごっつ』は「少年ボウイ」があったとはいえ、コントもやらなくなって、試行錯誤を重ねていたと云えるし、一旦潮時かなあなどとも思える状態ではあったわけで、渡りに船との今回の騒動であったかも知れない。現実に浜田は、この10月からソロのレギュラーを2本も増やしているわけだし。一種計画的ではないかと思えないこともない。又、たとえそうであっても、いいんじゃないかという気さえする。ただ、ゴールデンの看板番組を降りるということが、ウンナンの『やるやら』の時のことを思い起こさせ、少し不安だ。確実に露出が減るわけだし、いいのか、という気もする。しかし、それもありなのだろう。
 なんにせよ、今後の動向が気になるぜよ。

1997年10月14日(火)「ボキャ天そろそろいいぞ」

 ボキャブラがゴールデン枠に移ったわけだが、うーんさすがそろそろ飽きてきたかな。基本的には好きで、ほとんど見逃さずに来ているのだが、そもそも普段あまり見ることのできない若手芸人が見れるからというのが、ワンコーナーだった頃から見てきた理由だったのだが、その役目もとりあえず終わったような気がするし。フジは『ごっつ』の後番にもキャブラーとか使うんだろうか。

1997年10月15日(水)「王が目覚めた日」

 一応、誕生日ということで、めでたいことである。33歳ということで、なんか良くわからないが、充分もうおっさんなんだなとは思う。恐ろしいことである。

1997年10月16日(木)「風邪気味」

 どーも、風邪気味のようで、調子悪い。朝など起き上がるだけでも苦痛。微熱があるようだ。会社でも、午前中はふらふらするが、昼飯を食ったらなんとなく好転。
 とりあえず、早めに寝る。

1997年10月17日(金)「OSR2インストール」

 いい加減、腹が立つので、会社からOSR2を借りてきて、HDのフォーマットから再インストールを敢行する。あれこれと深夜に及ぶ作業だったが、結局、状況はさして変わらず。どーも、BIOSの設定に問題があるのだろうけども、よくわからんぞ。釈然とせぬまま寝ることにする。

1997年10月18日(土)「再インストール続き」

 再インストールの続きをあれこれといじくるが、どーもすっきりしない。まともに一回で起動してくれないし、なんかの加減ですぐハングする。おいおい、状況はますます悪くなっとるぞ。グラフィックのアクセラレータの設定をなしにすることで、ハングする状況は回避できたが、これではなんもならんぞ。ま、フォーマットしなおして、環境を整理しなおせたことだけが収穫か。
 昼過ぎから、買い物がてら自由が丘の叔母宅へ。夜は、引き続き通信環境の設定などに明け暮れる。

1997年10月19日(日)「東山動物園参り」

 休みといえど、休む暇はない。今日も知らんうちに東山動物園に行くことになっており、11時頃出発。星ヶ丘口で、義母と甥と待ち合わせ、園内へ。いやあ、こんなにたっぷり回ったのは久しぶりだな。幼き頃から、近いということもあり、ここへは数え切れないくらい来ているわけで、近年も年1くらいの割合で来ているとは思うのだが、なかなか全部は廻らない。今日も全部は廻っていないのだが、それでも4時ぐらいまではいたわけで、歩き回ってとにかく疲れやした。
 帰りにまた自由が丘の叔母のところにより、帰宅。『ごっつ』は音楽祭スペシャル。うーん、やっぱ終わるの惜しいな。こーゆーことができる番組を、ダウンタウンはまたどこかで持つことができるのでしょうか。

1997年10月20日(月)「夜泣きドライブ」

 あまり夜泣きなどすることのない次女が、珍しく異様に泣く。原因も分からず、なかなか泣きやまないので、試しに外に連れ出す。ぐるっとドライブして戻ると、すやすや眠る。かなわんなあ。

1997年10月21日(火)「松本インタビュー」

 週刊朝日にて松本の独占インタビューが載るというので、なにはなくとも購入。ざっと一読するも、まあ納得。よーするに、信用できん奴とは仕事でけんわっちゅう話。視聴者サイドのことを視野に入れると話はややこしくなるが、まあ、ええでしょう。それで、天狗とか云われるんであれば云わせておけばいいし、云われてつぶれるならそれだけのものであるわけで、今回の行動は俺的にはギリギリセーフってところである。新ひとりごっつでもコントをやるようだし、まだ場所に困るというところまでいってないようなので、いいかってなもんですな。

1997年10月22日(水)「ポール・ベスト」

 野呂君にポール・マッカートニーのアルバムをどかどかと借りている。ベストを作ってくれとのことで、80分テープも渡されている。久々の編集だが、やはり始めるとハマルなあ。曲順というか流れが命ですからな。半分ほど完成。昔はそれこそ死ぬほど作ったものである。んー、しかしやっぱMD欲しいのお。

1997年10月23日(木)「バタバタ」

 仕事で一件トンデモ物件が舞い込み、忙殺される。おかしい、今日は余裕ある予定だったはずなのだが。文春とブロス買って帰るも、ほとんど読まずに倒れ伏す。

1997年10月24日(金)「風邪襲来」

 昨日バタバタしとって、なんか疲れたなあなどと思っていたら、風邪が悪化したようだ。朝非常に苦痛であったが、昨日の続きで気になることがあったので、ムチうって出社。非常に調子悪い。昼前にギブアップして、午後から帰ることにする。妻に鶴舞の社会保険事務所を教えることになっていたので、そのままとりあえず待ち合わせの上前津へ。大須できしめんを食って、事務所の場所を案内し、取り急ぎ帰る。少し歩いたのでますますバテる。布団を敷いてバタンキュー。鼻がひっきりなしに出て頭が痛い。

1997年10月25日(土)「風邪襲来2」

 状況はあまり好転せず。とりあえず頭の痛みはなくなったが、今度は咳だ。体力を消耗する。なにもできず、布団にくるまる。本も読めない。そのまま夜。

1997年10月26日(日)「風邪襲来3」

 ちょっと持ち直したかなと思うが、やっと普通の風邪といった感じである。咳が残り、体はだるい。胃腸の調子もおかしい。しつこい風邪だな今回は。どこへも行かず、寝たり起きたり。二日間パソコンの電源を入れなかったが、そんなことは久しぶりだな。2周年に向けて、このサイトの整理もしようかと思っていたが、とても無理。とりあえず日記だけまとめる。

1997年10月27日(月)〜31日(金)「10月最終週」

 あー、しばらくサボってすまんすまん。日々のよしなしごとは遠い記憶のかなたに飛び去っているので、短縮バージョンでお届けする。
 この週は風邪の後遺症が残って、体調不良の日々であった。しかしながら、怒濤の会議4連発で帰りはそれなりに遅かったのであった。しかし野呂君に依頼されていたポールベストの編集を一気に片付け、満足。うーん、そいだけ。

1997年11月1日(土)「サウンドベイの日」

 出社の土曜である。帰りに家人に植田まで迎えに来てもらい、サウンドベイへ。半額の日である。今日はシングルを中心に借りるが、結構出ていたな。香取慎吾&原由子の『みんないい子』がお気に入りである。WOWWOWのサザンの特番で、桑田と原のデュエットとして一度聴いていたが、完成度の高い名曲である。香取の歌声には不満が残るが、次のサザンのアルバムに桑田バージョンが入ると見た。

1997年11月2日(日)「静かな日曜」

 夜まで家でゴロゴロ。母と連れ合いの母と二人で富士山のふもとまで、昨日から旅行に行っていたので、夜は名駅まで迎えに行く。その帰りに末盛の「浜木綿」で、遅い夕食。外食をするといつも義理の母のおごりになってしまうので、申しわけない限りである。

1997年11月3日(月)「白鳥公園」

 義理の母と妹と息子、うちの家族でぞろぞろと白鳥公園に出かける。次女がヨチヨチと歩くようになったので、外でも練習させねばならない。白鳥は過去にセンチュリーホールに森高とゴーバンズの合同ライブと、プリプリのライブを見に来たことがあるが、公園自体は初めてである。ま、なんにもないといえばなんにもないが、芝生に寝ころがってのんびりと過ごせる。ピクニック気分で夕方近くまで過ごした後、イトーヨーカドーで買い物。娘たちに揃いのクマの毛糸の帽子を買ってやる。

1997年11月4日(火)〜7日(金)「11月第1週」

 今週は、連れ合いの仕事が忙しかったようで、ヒマであった自分に比べ帰りがずっと遅かった。しかし、以前に比べて愕然と残業量が減っているが、いいのだろうか。ま、早く帰ろうと心がけているのは心がけているのだが、9時10時当たり前だった時分は遠い過去である。年が明ければ、いやでも忙しくなるとは思うのだが。
 体調の方は、風邪が復調気味と思えば、ものもらいが出来て、なかなか本調子に戻りませぬ。

1997年11月8日(土)「七五三参り」

 長女の七五三である。着物等も新調し、連れ合いも母も大張り切りである。しょーがないので、ベガで車でも磨く。美容室で着付けと頭を整えてもらった長女を乗せ、義理の母も誘い、熱田神宮へ。わしも正装させられる。まあ、イベントというのは何事もやるならちゃんとやった方が良い(やらないなら何もしなくて良い)という考えなので、まあよい。祈祷も受け、きよめ餅も買い、ロイホで昼食を採り、いったん家へ。
 着がえて、買い物がてら、先週オープンした「らくだ書店」の東郷店を覗きに行く。遠いぞ。愛知警察のそばなので、ほとんど日進である。造りはなかなかでかいので期待したが、一巡した限りわざわざ行くようなところでもない。多目的スペースやカフェレストラン、ビデオレンタルなども併設しているのだが、肝心の本の品揃えがイマイチ。千種の方も開店以来行ってないが、店作りは良いのだが、ちゃんと本好きのスタッフがいるのだろうかと疑問に思う。あおい書店とかの単なる郊外型書店の方が品揃えがいいなんて恥ずかしいぞ。

1997年11月9日(日)「理想的な日曜日」

 10時半頃起きて、朝飯を食い、ゴロゴロして、昼飯を食ってから、長女と自転車で近所の公園へ。再び家でゴロゴロ。夜は鍋で夕食。うーん、わしにとっては理想的な日曜日なのだが、こんなんじゃ書くことがなにもないぞ。いいけど。

1997年11月10日(月)〜14日(金)「グチなど」

 ここんとこすっかり日曜日夜の更新グセがついてしまっとるのお。しかも日記のみ。会社の中野や野呂には「手抜き」「内容が薄い」と罵られる始末。その通りである。どうだまいったか。わはははは。
 いやしかし、以前にも増して平々凡々な日常を過ごしており、そうすると日記にも書くべきネタが何もないのであるね。しかしながらこうやって細々と続けているのは、なかなか定期的に連絡のとれない皆様方に、近況報告が出来ているという実績があるからなのね。不精が服を着て歩いているような戦国不精なわしにとって、この形式が一番ラクな知り合いとのコンタクト手段なのである。たまーに、読んでるよという声をかけて頂いたりするだけでも、あ、じゃあ更新しなきゃなと励みになっております。
 パソコンの調子が非常に悪いす。前回マザーボード換えてからなんだけど、とりあえずまともに起動しない。電源を入れて1回で立ち上がることなど決してなく、Winが起動していくさまざまな段階でハングアップする。何度も電源を入れ直してやっと立ち上がったと思っても、作業中なんかの拍子でハングアップする。んー、こりゃマザーボード入れ換え以前より、別の意味で悪化しとるのお。CPU自体があかんのか、BIOSの設定がやはりちゃんと出来ていないのか。ちゃんとした知識がないのでさっぱりわからないのである。ちょっと前に山田さんにPATIOの方でも教えを頂いたが、やっぱなんか変である。OSR2を会社から持ってきてインストールしなおしたら、Winのシステム自体はちゃんとなったようなのだけど、こりゃやっぱハードかメモリの問題なのだろーね。
 というわけで、毎日パソコンをたちあげてはいるものの、メールチェックとNif巡回と、行きつけのホームページ更新チェックぐらいで、ここんとこ1時間以上めったにパソコンの前に座っていない。やっぱ腹立つもの。かといって、しばらく新規にパソコンを買う予定はないし、少なくともWin98なりNT5.0なり、次のOSが出るまでは怖くて最新の機種を買う気にはなれんです。前回こいつを買ったときは、95の出る5ヶ月ぐらい前だったわけで、見事にはまったと思ったものな。今思うと新しいOSが出て、早くて3ヶ月から半年ぐらいの時が買い時かな。となると後一年は最低こいつと付き合わねばならんちゅうこっちゃ。だましだまし使うにも程があるぞ。
 こういう所が、パソコンが電化製品としてこなれてないってとこだろーね。20万から30万する代物が、最低5年から7年は普通に使い続けられないと、日用電化製品としては失格でありましょう。冷蔵庫とかクーラーとか、3年ごとに買い換えるかってーの。後は、値段が5万くらいになるかだわなあ。そっちの方が可能性あるか。
 ちゅうわけで、今週もつつがなく終わりました。週末、名古屋は久々に雨が降ったことだよ。

1997年11月15日(土)「2周年だって」

 昼から、イトーヨーカドーに買い物。その前に、笠寺方面に足を伸ばし、看板が気になっていたNETWORKなる古本屋に向かう。うーん、やっぱり以前鶴舞にあったあの店か。まずまずの品揃え。廣済堂文庫の山田風太郎が2冊あったので買っておく。今週の通勤の友は『妖異金瓶梅』であった。確かに奇書てな感じですなあ。おもしろいにはおもしろい。
 いや、ホームページ開設2周年ですよ、一応。よくぞ、何もしないページがここまで生きてこれたものだ。感心する。いや、別にほっておいてもプロバイダに金払ってりゃ死にはしないんですがね。適当に手を加えているのに、ここまでなんの進化もないページは珍しいのではないのだろうか。
 いばっていてもしかたないので、途中まで書きかけでほってあった「名古屋で生きる」用の原稿を加工して、ほうり込む。えい、見切り発車だ。この後、続くかどーか。

1997年11月16日(日)「はとこ来る」

 基本的に一日家で過ごしたわけだが、午後、叔母といとこ夫婦が夏に誕生したばかりの女の子を連れてくる。わしにとっては『はとこ』というのにあたるのだよね。
 夕方、娘たちを歩いて公園まで連れていく。

1997年11月17日(月)〜21日(金)「金欠の日々」

 給料前で苦しい日々が続いております。おまけに週末は連休じゃないか。けしからん。ま、なんとかなるのだけども。
 最近は吉本の若手いわゆる二丁目芸人にすごく興味があって、TVをこまめにチェックしとります。今までノーチェックだったのが、『すんげーBest10』とかみるようになって、遅ればせながらおもしろくなってるのに気がついた。もうボキャブラとか見てる場合じゃないすよ。お気に入りは、中川家、メッセンジャー、ジャリズム、二丁拳銃、スミス夫人などなどでありますが、シャンプーハット、ドレスなどの最若手も気になります。名古屋はそれなりに大阪の番組とかもやるので、こーゆー時東京より有利ね。チェックする番組は『PUSH!』『吉本タイマン王』『大阪一番星』『ミックスパイ土曜深夜』などなどであります。こないだなんか中川家が夢の中まで出てきたぞ。少し変か、俺は。

1997年11月22日(土)「雨の日」

 連休の初日は雨である。長女は子供会の遠足であったが、雨天パターンのボーリングに変更になり出かけて行った。昼は、安く大量に買えたというたらこが山ほど冷蔵庫にあったので、たらこスパゲティを作る。冷凍のシーフードなどもあったので、バターでソテーして白ワインで臭みを消し、付け合わせにする。スパゲティをゆですぎて一人弱分ぐらい余ったので、ケチャップとワインとトマトで即席のトマトソースを作り、かけて食べる。というわけで、結構休日の昼飯は厨房に立つことが多い。味はいい加減だが、希にうまいものが出来るときもあるし、おおむねヒドイものは出来ない。店を持って人に喰わせようとするには、毎回一定の味を提供しなければならないわけで、そーゆーのはどーも出来そうにない。実験精神旺盛というか、同じものをつくるでも、毎回違う作り方をして失敗したりしてしまう。ま、趣味なんてものはそんなもんでいいのだ。
 午後、久々で東郷の方に出かけ、例の古本屋とあおい書店を巡る。昨晩、1の日だったので、サウンドベイへ行ったら、ほとんど最新シングルCDが借り出されていて、壊滅状態。何も借りずにとぼとぼ帰ってきたのだが、ちょうどあおい書店がこの3日間、レンタル半額をやっていてラッキー。10枚ほどシングルを借りてくる。しっかし、大滝詠一、ユーミン、サザンの新譜って、あーた80年当初じゃないんだから。

1997年11月23日(日)「四日市行」

 お歳暮などにするうどんをいつもの三重県川越町大矢知まで取りに行く。1号沿いにつらつら出かけるわけだが、いつものことながら途中あちこちの古本屋に寄ることになる。前にも書いたが、三重県には「超書店」なる万陽書房のBOOK・CD・GAMEの大型リサイクルショップがあちこちにあって、どこもBook Offなどより規模が大きい。文庫の品揃えは圧倒的なので、名古屋人としてはうらやましい限りである。結構古い文庫などが格安でゴロゴロしていて、ちゃんと作者別・出版社別に分類されているので、探したい文庫がある場合は新刊書店行くより、ここへ行った方が確実に見つかるのではないか。今回は、山田風太郎ものを主眼として探索した。山田風太郎も僕にとって、読まずにとってあった作家であった。高校の頃、うっかりテスト期間中に『魔界転生』を読みはじめてしまい、寝食を忘れて没頭してえらい目に遭った経験から、今まで封印してあったのだが、今年に入っていくつかの忍法帖を読み、勢いがついてしまった。忍法帖は先年講談社新書から二期に渡る選集が出版されたばかりだし、忍法帖以外でもここのところ毎月、ちくま文庫、廣済堂文庫、ハルキ文庫から各種選集が出版されていて、一頃に比べれば非常に手に入れやすい状況というか一種のブームになっている。とはいえ、角川文庫で出ていたあのピンクの背表紙のシリーズが手に入れたい。あれをすべて集めようと思いつつ今までほっといただけに、手に入らなくなった現在、他の手段で読めるとはいえ、そこはかとない拘りがあるのだ。新刊書店では手に入らなくなったとはいえ、古本屋をこまめに探せばまだまだ手に入る状況なので気長に集めたい。で、今回も桑名と四日市2軒、計3軒の超書店を巡って6冊のピンク背を手に入れた。予算の都合で買い残して来たものもあるので、かなりの収穫率だ。
 昼飯を四日市で喰おうと思い、四日市飯店のチャーハンがうまいという噂を聞いていたので、探そうとしたが、時間の都合で結局ガストで喰うはめに。不本意である。というか、不覚である。
 諏訪公園で少し子供達を遊ばせ、1号と23号を使って名古屋へ。7時半頃帰宅。飯を食って、あおい書店にレンタルを返しに行く。

1997年11月24日(月)「連休最後」

 遅く起きたので、昼頃から出掛ける。BS1で1日中古い子供番組の特番をやっていたのでゴロゴロと眺めたかったのだが、家庭持ちはそーゆーわけにもいかないのである。昨日持ってきたうどんを以前実家のあったお隣さんと自由が丘の叔母のところへ持っていくというのが主目的で、途中公園に寄ったりスーパーに寄ったりするわけである。帰りがけに八事を通ると、ヤマナカ系列の新スーパーが開店しているので、買い物が済んでいるにも関わらず、ふらふらと寄ってしまう。こーゆーところがうちの家族のいかんところではある。金もないのに節約という言葉とは無縁の行動をしてしまう。見た目は土地柄、山の手系の高級スーパー風だが、置いてあるものは少し目新しいものはあるが、普通のヤマナカとそうかけ離れてはいない。ハロードゥインターナショナルのように高級食材ゴーロゴロといった感じでもないので、胸をなで下ろす。開店直後ということもあり、大盛況ではあったが、近くにジャスコもあることだし、この先どーなるのだろうか。知ったこっちゃないが。

日記ライブラリーメニューへ
HOMEへ