名古屋エレキング倶楽部 第一回 LACTOSE 10月号〔1988. 9.30発行〕掲載
記念すべき「名古屋エレキング倶楽部」の第一回はナンと、ショートショートであった。しかもパロディもの。ちょっと、これには背景を説明しとかなければならない。
当時、広瀬隆の『危険な話』に端を発する「反原発」というのが一種のブームになっており、実際のところ僕はその現象に辟易していた。いやなにも「原発推進派」であったわけではないのだけども、『危険な話』を読んでみて、そのヒステリックなトーンや、またそれに踊らされている、物事を一見深く考えているようで実は何も考えていない、自己中心的な輩に嫌悪感を一方的に抱いていたのである。で、なんとかそれをエレキング流に表現できないかと思って、「原子力、原子力」とつぶやいていたら、ふと頭に浮かんだのが「鉄腕アトム」の事だったのである。
今となっては昔の話で、以下の原稿も注釈なしでは、理解できないかも知れないので、注釈をつけておく。ざっと読んだ後、たどってみてくださいな。
「いったい何の騒ぎじゃ」お茶の水博士は研究所の窓から外を眺めてつぶやいた。
研究所の回りは、プラカードを持った団体で埋めつくされていた。プラカードには、
「アトムからわれわれの生活を守ろう!」とか
「アトムいらない! 一万人行動」とか
「アトム許すまじ」などと書かれている。
机の上のインターカムが鳴った。
「はかせ、とにかくすぐいらしてください。われわれの力ではもうおさえきれません!」研究所員の悲痛な叫び声の後ろから「お茶の水を出せ!」だの「出てこい! 鼻ポコ野郎」だのという怒声が聞こえてくる。
「何ごとが起こったというのじゃ」とにかくお茶の水博士は下に降りてみることにした。
研究所の前はひどい喧噪であった。「ATOM FOR DEATH」と書かれたTシャツを着た一団が研究所員ともみ合っている。子供の手を引いた主婦たちが、しゃもじを持って何事かわめいている。中庭では数十人の人々が死んだまねをして横たわっている。その上には「アトムいらない! 集団ダイ・イン注1」と書かれた横断幕が掲げられている。
「どうしたことじゃ。うちのアトムがみなさんになにかご迷惑をおかけしましたか」お茶の水博士がうろたえつつ尋ねると、すぐにあちこちから罵声がとんだ。
「うるせえ! 存在自体が迷惑なんだよ!」
「隠したってムダだぞ! アトムが危険なのはわかってるんだ!」
「アトムが危険とは、いったいどういうことですのじゃ。アトムはみなさん方の平和な生活を守るため日々闘っておりますのじゃぞ」
「なにいってんだ! おれたちはアトムが原子力で動いていること知ってるんだぞ! アトムが空を飛び回るたびに放射能まき散らしてんのわかってんのか!」
「アトムのせいで、子供たちにミルクも飲ませられないのよ! どーしてくれるのよ!」主婦たちの金切り声が響いた。
「そんな、あんたがた......。そんなことがないようにちゃんと安全設計がしてあるのじゃ......」
「わかるもんか! 最近、ガン患者が急増しているんだ。アトムが誕生してからだってことは、この統計にはっきり現れてるんだ!」男は新聞記事を振りかざした。注2
「おまえのその鼻だって、放射能に汚染された結果だろう!」
「失礼な! これは生まれつきじゃ」お茶の水博士は憤慨した。
「お茶の水博士! いったいどうしたんですか?」アトムが空から降りたってきた。
「わっ! アトムだ。みんな離れろ! 汚染されるぞっ!」アトムと博士を中心に半径五十メートルの輪が出来た。
「ぼくが危険って何のことです?」
「とぼけるな! おまえのせいで地球は滅びてしまうんだぞっ! 腹話術の人形みたいな顔しやがって」
「このおたんこなすっ!」
「その頭なんとかしろっ!」人々は口々にアトムに罵声を浴びせた。
「お兄ちゃんが何をしたっていうの!」研究所の裏からロボットが二体走ってきた。
「ウラン! コバルト兄さん!」
「ひええ!」とりまく」人の輪がさらに五十メートル後退した。
「気をつけろっ! 五キュリーのコバルトがあれば、人が数百万人殺せるんだぞっ」注3
「しかもウランまでとはとんでもない」人々は口々に叫びながらジリジリと後退を続ける。
「みんな昨日まで、ぼくが空を飛んでいると、笑って手を振ってくれてたじゃありませんか」アトムは悲痛に叫んだ。目に涙をためている。
「わっ。泣くのはよせっ。冷却水漏れだっ」またさらに人の輪が五十メートル後退した。なかには逃げ出すものもいる。
「お前が原子力で動いているということをはっきり認識しなかったわれわれも馬鹿だった。お前なんかに助けられていい気になって……。なにも知らないうちに殺されてしまうところだった。われわれには知る権利があるんだ!」
「この『危険な話』の二百八十三ページにある、原子力に荷担し、われわれを殺す尖兵となる文化人のリストに手塚治虫の名前があがっているんだ!注4」
「それとこれとは……」お茶の水博士は動揺した。
「お茶の水っ! とっととそいつの動力を切るんだ!」
「何を言うんじゃ。そんなことをしたら明日から地球の平和は誰が守るんじゃ」
「うるさいっ! 何が平和だ。アトムが動いているかぎり、われわれが死んでしまうことは確実なんだ」
「何を根拠にそんなことを……。ちゃんと安全設計がしてあると言っておろうが」
「アトムが爆発でもしたら、一巻の終わりなんだぞっ」人々はヒステリックに叫んだ。「絶対に安全だと言いきれるのかっ」
「いや何事も絶対ということはありえんが……」
「ほーら、ごらんなさい」主婦の一団が、お茶の水博士の言葉をさえぎって勝ち誇ったように微笑んだ。「アトムの危険性を認めてるじゃありませんの。それで充分ですわ」
「アトムをとめろーっ」
「死にたくねぇーっ」人々は遠巻きに叫んだ。
「待ってくれ、みんな」ジャングル大帝のレオが現れた。「アトムをせめないでくれっ」
「あっ、このやろう。自然破壊の悲惨さをさんざんマンガで訴えておきながら……。やはりお前も手塚の手先の原子力推進派だな」
「ばかやろう。お前のせいで、お前のせいで……」半泣きになっている男の頭にはジャイアンツの帽子がかぶせられている。注5
「別にぼくは原子力推進派なんかじゃないよ。ただアトムがいなくなったら地球の安全は誰が守るんだ?」
「推進派はすぐそういうレトリックを使うんだ。だまされんぞ。アトムが存在するかぎり地球に安全はありえんのだ!」
「だめじゃ、まったく噛み合わんのう」お茶の水博士は首を振った。
「ええい、わからずやたちめ。そんなにぼくがいらないんだったら、こっちのほうからいなくなってやる!」アトムがこらえきれずに叫んだ。
「おお、アトム。短気をおこしちゃいかん」お茶の水博士がなだめる。
「いいえ、博士。ぼくがいなくなってもきっとぼくの子供たちが、新人類たちが、新しい社会を作ってくれるでしょう。こんなわからず屋たちのいない新しい世界をね」
「うーむ、最近はその新人類と呼ばれるやつらが心配なのじゃが……注6」
アトムはその言葉にかまわず、ジェット噴射で空にとびあがった。
「みんなみんな、バカヤローだ!」アトムはそう叫ぶと、群衆にむかってお尻からマシンガンを連射した。
「わーっ、アトムが怒ったぞー!」人々は逃げまどいながら叫んだ。
「これがほんとの『アトムのコラッ!』だ」注7
お後がよろしいようで。
注2 ここら辺の抗議団体の主張はすべて『危険な話』に書いてある事である。当然、これ以降の主張も当時の「反原発派」が、主張していたことから取っている。
注3 『危険な話』のなかでは、コバルトは世にも恐ろしい悪者のように扱われていた(と思う)。
注4 ここら辺の論理の展開には、当時ほんとどうしようもなく腹が立った。
注5 当時、西武ライオンズの全盛時代で、巨人が日本シリーズで負けたことからいれたギャグ。すべっている。
注6 「新人類」って言葉も懐かしいですなあ。当時ニューアカ・ブームと共に新人類と呼ばれる人々がもてはやされていました。僕が共感を覚える人もいないではなかったけれど、後にこの「反原発」のムーブメントにかかわっていく人も多かったので、がっかりしたものだ。いとうせいこうとか。
注7 オチがダジャレなのはとほほ。しかもSFファンにしかわからない、またわかっても面白くないという、三重苦オチ。それまでの反・反原発的展開とも一切関係がない。ネタはW・H・シラスの『アトムの子ら』。後に山下達郎の「アトムの子」が出て、このオチも少しは救われたか。