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【BOOK】

【BOOK】
『おかしな男 渥美清』は小林信彦の代表作となりうる書。
【00/5/13】

 小林信彦によって僕の少年時代の嗜好の大半が決められてしまった、といっても過言ではない。
 出会いは小学生の時、区立図書館で見つけた『東京のロビンソンクルーソー』である。これは、それまでの中原弓彦名義のものも織り交ぜた、各誌に掲載されたミステリ・映画・コント・TV番組(バラエティ)などに関するコラム・時評や、編集長を務めていた「ヒチコックマガジン」の編集後記、 座談会、さらには小説・翻訳・コント台本等を収めた「バラエティ・ブック」である。続編に『東京のドン・キホーテ』というのもあり、この二冊が今に到るまでの僕のいわゆるバイブルである。
 大学生になった時、絶版(現在も)のこの晶文社の二冊を古本で発見し、前回の引越しの際に大半のハードカバーの本を処分してしまった今も、宝物のように本棚の奥にしまってある。

 しかしながら、小林信彦によって、本の読み方、映画の見方、バラエティの楽しみ方を教えられたものの、長ずるにつれ、僕自身の資質との差も明らかになってきた。小林信彦のように読んだり、見たりは到底できない。性格の暗い面や、ある種偏執的な部分に違和感も覚えるようになってきた。そのことを、父親に対する劣等感に由来する反抗期的なものと自分自身で分析したりもした。そのせいか、成人してからは、少し距離を持ってその著作に接してきたように感じる。

 だから近作の『横山やすし天才伝説』なども、小林信彦の嫌な部分のみ目についたし、新聞や雑誌のコラムを読んでも自分と相容れない部分ばかりに目がいってしまう。(とはいえ、刷り込みもあって基本的には楽しんで読んでしまうのだが。)

 この『おかしな男 渥美清』も、「波」で連載されていたことも知らなかったし、出版されたことすらしばらく気づかなかったぐらいだ。

 渥美清、に関してとりわけ興味があるわけではない。当然、僕らの世代にとっては「寅さん」のイメージしかないわけであるが、僕自身はそれ以前の活躍ぶりも小林信彦の別の著作から知識を得てはいた。小林信彦とのつかず離れずの関係も、それらの文章で何度も目にしていた。それほど、期待して読んだわけではない。

 だが、満足して本を閉じることができた。

 題材への取り組み方や、その書き方が従来とそれほど異なったものだとは思われない。老いや死への視線も、近来の小林信彦の著作には顕著なものだ。

 ひとついえるのは、この渥美清の評伝が、小林信彦が今までものしてきた芸人に対する評伝の中でもっともボリュームのあるものになっているということである。その圧倒的な分量の中で、一人の見巧者が、同じく見巧者の資質を持った才能ある芸人との出会いからその活躍、死までを余すことなく書ききっている。そして幾分突き放したような書き方をしているものの、横山やすしよりは渥美清の方を身近に感じていたのであろうことも、読後感に影響しているのかもしれない。

 だから「この文章では、ぼく個人の生活については、なるべく触れないようにしたいのだが」と書いているにも関わらず、「小林信彦の物語」の一部ともなっているのである。

 もちろん単純に、偏執的な記録/記憶から再構成された一人の芸人の、そして昭和の笑芸・日本映画の評伝として読んで、無類に面白いことは確かである。

 

【BOOK】
殊能将之『美濃牛』はエバーグリーンである
【00/4/11】

 待望の殊能将之『美濃牛』(講談社ノベルス)が遂に出た。
 『ハサミ男』に衝撃を受けた読者にとって待ちに待った、そして作者の真価を問うべき第2作、というわけである。
 もっとも、殊能氏をよく知る者にとっては、「真価を問う」も何も、その才能は既に思い知らされているわけで、初めからある種の安心感を持って、この部厚い物語に身をゆだねることができるという特権がある。

 かくいう僕もなんとこの物語の中に「渡辺刑事」として出演させてもらってるわけで、なんというかその、奇妙な気分で読み始めることとなった。
 んー、作者が知人だからといって、自分がモデルにされた登場人物がいるからといって、提灯をもっていると思われるのは非常にシャクなのだが、傑作といわざるを得ない。

 今回は『ハサミ男』とガラリと趣向を変え、横溝正史の諸作に材を得た造りとなっている。僕もいわゆる横溝ブームの前後に結構な数の作品を読みあさったのだが、実は岡山ものより東京ものが好き、という変なファンだった。磯川警部より等々力警部の方が好き、という言い方もできる。泥臭いイメージのある岡山ものの名作群を評価するにやぶさかではないが、東京もののモダーンなイメージの方に惹かれるものがあった。
 殊能氏はおそらくそんな二分法に意味を見出さないであろう。殊能氏にとって横溝正史はあくまで「論理の人」であったのだ。
 これはユリイカはじめ各種殊能氏インタビューで自ら詳しく語っていることなので繰り返すまでもない。

 そんな殊能氏が横溝作品に敬意を表しつつものした『美濃牛』は、だからとても論理的な作品である。
 その構造や縦横に張り巡らされた仕掛けを語る才は自分にはない。ただひとつだけ書いておきたいのが、その文章のことである。

 以前、『ハサミ男』を読んだとき、それが知人の手になるものかどうか明らかでなかった時点で僕が感じた唯一の感想を、『VOICE』にはこう書いた。

筋とか展開とかはもとより、その語り口自体に違和感を感じない。これは、「わかっている」人の文体である。何が「わかっている」のかは、一口で言えないが、凡百のノベルス作家とは一線を画するのは明らかである。

 奥歯にものの挟まったような言い方で要を得ないが、読みやすくクセのない文体でいて表現された内容がスッと頭の中に入ってくる、その博識からあれこれ話題が飛ぶようで一切余計なことが書かれていない、そんなことを言いたかったのだと思う。

 僕がもごもごと表現し切れなかったことを、作者はこの『美濃牛』の中で、実に簡潔に書き記している。
 物語の冒頭近く新書版57ページの、羅堂陣一郎が正岡子規の文章を評して云う部分である。

 やがて陣一郎は、これは文章ではなく、頭の中身の問題だ、と気づいた。子規は頭が論理的に出来ている。何を書きたいか、何を言いたいかを正確に把握しているから、平易な表現で書きあらわすことができる。要するに、頭がいい、ということだ。

 まさにそういうことである。参った。自作の中で自己分析をされてしまってはかなわない。しかも簡潔に。
 続けてこうある。

 世の中には、平易に書く天才というものが存在する。子規がそうだし、漱石がそうだ。時代を下って、大衆文学に目を向ければ、岡本綺堂や、江戸川乱歩や、横溝正史が、平易に書く天才である。

 そして殊能将之もこの系譜に連なるのである。そのことは作者本人が間違いなく一番よく判っている筈である。
 であるからの、横溝であり、俳句である、ということだ。

 世の中には、いかにその時の風俗を書こうが、流行り言葉を使おうが、一向に古びない文章というものがある。逆にその時の流行や文句がほんの少し使われているだけで、いやに古臭く感じてしまう文章もある。今まで不思議に思ってきたのであったが、これでようやく判った。
 文体の問題ではないのである。その内容を平易に表現できるという才能の問題だったのである。

 かくして『美濃牛』は、ミステリの、いや小説の、決して古びることのない名作となるのである。

 

【BOOK】
「平成タコTV」はTVフリーク待望の書か?
【99/10/11】

 ちょっと紹介が遅れてしまって、店頭にあまり残っていないかもしれないが、別冊GON!の「平成タコTV」というムックがなかなか。
 「GON!」自体は、あまりに毒々しすぎてイマイチ好きになれないのだが(面白そうな情報が載っているのはわかっているのだが)、こちらはTVネタに限っているということもあってか、その濃さが良い方に出ているとみた。表紙のドギツサは変わらずで、本誌と同じ版型なので、興味ある人はコンビニ等で立ち読みしてちょ。
 150ページ足らずの薄い雑誌ではあるが、その圧倒的な情報量は他の追随を許さない。 なんせ、ページによっては2ポぐらいの活字でぎっしりと文字が埋め込まれている。マジで虫メガネが必要っす。
 イカ天バンドのその後を追った記事(このバンドの数がハンパじゃない)や、サンデーズの歴史、「演歌の花道」の裏側や、二時間ドラマ女王片平なぎさの全仕事に、武富士ダンスの踊り方など、なんでもありである。
 特に嬉しかったのは、巻末の75年から90年まで16年分の9月10日の日付のテレビ番組表。昔カッパブックスから昔の番組表を載せた本が出ていたけど、これ眺めるの大好きなのよね。出来れば図書館に一日閉じこもって自分が小さかった頃の新聞の縮刷版を引っ張りだして、番組表だけ眺めていたいと思うほど。うーん、どこかでもう一度この種の企画の本を出版せんかね。制作費も安上がりだと思うが。

 

【BOOK】
ランズデール『凍てついた七月』は一級のサスペンス
【99/10/8】

 昨年、『ムーチョ・モージョ』を誉めたジョー・R・ランズデールの『凍てついた七月』が、同じ角川文庫から鎌田三平訳で出た。
 早速買って読んだのだが、これが傑作。

 今回は「ハップ&レナードもの」ではなく、それ以前に出版された単独作品。出だしは割りとありふれたスリラーものかと思わせて、ストーリーは二転三転する。
 妻と長男のごくありふれた家庭を持つ主人公の家に、深夜、強盗が忍び込む。 鉢合わせた主人公は発砲してきた強盗を射殺してしまう。人殺しの罪の意識にさいなまれる主人公を警察は正当防衛と認定し、早く日常生活に戻るよう勧める。そこに強盗の父親が刑期を終えて出所してきた。息子が殺されたことを知った父親は、主人公の息子をつけ狙う。主人公は警察に警護を依頼するが、そのガードを突破して強盗の父親が主人公の家に侵入した。

 これが冒頭のストーリーであるが、この後思いも寄らぬ方向に話は進展する。登場人物の心情の移ろいの機微を見事に浮き彫りにし、洗練された文体で最後までサスペンスを持続させたまま、話は余韻を残すラストに突入する。

 いやあ、シビレますね。近来稀な少ないページ数(250ページそこそこ)ながら、緊密な内容。
 決めた。ランズデール様に一生ついていくぞ。ガンガン翻訳を出してくれい。

 

【BOOK】
『キャラDama』は
30代以上のオタク雑誌
【99/10/5】

 実はもう4号目が出ているのだが、辰巳出版から出ている『キャラDama』という雑誌が最近の愛読誌である。といっても今号から誌名が変わっていて3号までは『キャラクター魂』という、なんとも×××な名前であったのだが。

 副題に「アニメ・特撮・漫画キャラクター探求マガジン」とあるように、よーするにそんな内容の雑誌なのであるが、その扱ってる内容が半端じゃない。

 第1号では、「合体ロボット神話」として、ゲッターロボを客引きにして、ダイケンゴーからダイラガーまで合体ロボットの合体パターンを数式で表現し分類するという変なことをやる傍ら、ピー・プロ研究としてスペクトルマンを取り上げているし、第2号では、宣弘社(アイアンキング、マッハバロン等)の作品に光をあてたり、ゲキメーション「猫目小僧」や、「忘八武士道」の劇画と映画の比較、さらには「大四畳半物語」シリーズの徹底解析などをおこなっている。
 第3号は、「仮面ライダー1974〜75」と題して、ライダーの中でも光のあたることの少ない X・アマゾン・ストロンガーを特集するかと思えば(表紙がアマゾンですよ!(泣))、マグネロボシリーズの特集、一峰大二インタビューなど多彩。今号の第4号は表紙と特集がゴジラで、ついにメジャーに傾いたかと思わせたが、中味をあけてみると「イナズマン」「シルバー仮面」「ガイキング」というB級キャラの記事が相変わらず満載。中でも「走れ!ケー100」の特集には泣いた。覚えてますか。大野しげひさだよ。

 中味がぎっしり詰まって、グラビアのみならず文字量も多い。今のところ季刊ペースだが、次の発行が待ち遠しい。

 フィギュア系の記事も多いし、広告もそれがメインなので、購買層は「フィギュア王」などとダブるのだろうが、どー考えても30代以上じゃないとついていけんぞ。popeyeも卒業し、手ごろな購読誌がないわしらの世代の「文藝春秋」となるか。って、なるわけないけど。(「サライ」ぐらいにはなるかも。)

【BOOK】
ソウヤー『スタープレックス』は、期待違わぬ佳作
【99/3/18】
 ちょっと読んでから間が経ってしまったが、面白かったのでやはり紹介しておこう。
 最近のお気に入り作家、ロバート・J・ソウヤーの最新邦訳『スタープレックス』である。「スタープレックス」とは、複数の種族が乗り込む巨大な宇宙探査船の名であり、物語は、主人公の地球人指揮官キースを中心に、宇宙創成にも関わる幾多の謎を巡る、軽快な冒険SFである。
 スタトレ好きの方にもお勧め的な評を見かけるが、確かに過去の名作冒険SFの香りも漂わせるが、古臭さは微塵も感じさせない。それなりの厚さはあるものの、スマートな印象でさらっと読める。
 基本的に僕は、何を隠そうSFSFしたSFは苦手な方であるのだが、ソウヤーのSFは、まさにSF以外の何物でもない筈なのに、すんなり懐に入ってくる。話のテンポが良いというのもあるし、ホラとストーリーのバランスが丁度良いのであろう、疲れない。そんなバカなと思う前に、科学音痴としては感心させられてしまうようなホラの吹き方であるので、心地よい読後感である。
 昨年の話題作『レッドマーズ』が後半、全然駄目だった僕には、これくらいの壮大さと軽快さのバランスのSFが、求めるSFであるようだ。(『レッドマーズ』は、文章から具体的な視覚的イメージを呼び起こすのが苦手な僕には、後半のスペクタクルシーンがイマイチ迫ってこなかったのであります。読んでて辛いぐらいでありました。『火星夜想曲』とかのイメージは、ぐんぐん湧いてきたのになあ。)

【BOOK】
ランズデールの『ムーチョ・モージョ』は、要チェック
【97/6/22】
 いや、ノーチェックでした。ジョー・R・ランズデールという名にはなんとなく聞き覚えはあったものの、本屋でこの本が目に留まった時には、誰すかこれ、と全然ピンと来なかった。解説にも書いてあるとおり、SFマガジンのスプラッタパンク特集にて本邦初お目見えだそうで、当然その号は買っているが、読んじゃいない。もっとも、いつの話だよ、90年5月号って、ってことなんですけどね。
 だから、当然、第1弾の邦訳の『罪深き誘惑のマンボ』も読んでないし、出たことすら気づいていない。ま、しかし今回、寺田克也氏のカバーが気に入ったこともあってか、なんとなく魅入られたように購入し、あれあれと読了してしまって、慌てて前作を探すはめに陥っている。
 この本は、スプラッタパンクではなく(作中出てくるその手の描写に片鱗は伺えるものの)、作者の好評シリーズ「ハップ&レナードもの」の評判の高い第2作である。SFやホラー的な要素は基本的になく、ミステリに分類して間違いはないシリーズのようだが、今作をみてもミステリ的な興味はあまり湧かず、どちらかというと主人公二人の掛け合いとか、ちょっとした心理描写や、筋運びの妙に、抜群の旨味を感じた。
 いや、なかなかいいです。今後の邦訳に期待。

【BOOK】
今読むか、まとめて読むか『塗仏の宴(宴の支度)』
【98/4/14】
 最近、出遅れるとそこら辺の本屋では買えなくなってしまうベストセラー本と化した京極夏彦の最新作『塗仏の宴』を、やっぱ出遅れて購入、先日読み終えた。今回は遂に上下2分冊ということで、まずは上巻の(宴の支度)。下巻は7月に出るということらしい。
 「支度」は、連作短編的な形を取っており、6つの話が微妙に重なり合って謎の核心を巡り廻っているといった仕掛けが妙。読み進むにつれ謎が謎を呼び、解きほぐされたかに見えた謎もさらにまた新たな謎を呼ぶ。ここら辺の仕掛けはまったくもってうまいよなあ。安心して読んでいられる数少ない作家の一人である。
 先に「小説推理メフィスト」で発表された2編は、単独で読んでもイケテル京極堂登場編。そんなことだったら我慢せずに先に読んでおくべきだったな。「ひょうすべ」のミスリーディングもうまくはまってる佳作。
 そんなわけで、今読むか7月にまとめて読むかは、とーぜん今すぐ読むべし。伏線を忘れてしまう危険性を顧みず、読まずにはいられますかってんだい。「始末」が出るまでに、過去の作品を復習し、人間関係を思い出しておくこと。読み返すのがイヤな人は京極系のサイトを廻って、旧作のおさらいをしておくべし。

【BOOK】
特集アスペクト『歌謡ポップス・クロニクル』
【98/4/12】
 以前取り上げた週刊文春連載の近田春夫の「考えるヒット」は、依然絶好調であるが、それを楽しむための基礎資料ともいうべきがこの「特集アスペクト39『歌謡ポップス・クロニクル』」である。「考えるヒット」が現在の邦楽ヒットを読み解くものなら、このムックはそこに至る邦楽ヒットの流れを総ざらいしたものということになる。240ページに満たぬ冊子のため、歌謡曲の巨大な流れに比して突っ込み不足は否めないものの、邦楽の歴史のトピックを効率よく整理し、多彩なライターによるコラムや、ポイントとなる人のインタビューや対談などを配した構成はなかなか小気味がいい。
 歌謡曲の流れなどという、どうしても雑多な要素が入り込む題材には、一人の著者による詳細な論考よりも、こうしたムック本のとっちらかったまとめ方の方が、全貌をつかみやすいかもしんない。ライターも、梶本学、湯浅学、黒沢進、コモエスタ八重樫等、この人こそといった人たちから、川勝正幸、高浪慶太郎、高橋洋二から泉麻人、亀和田武まで揃えた布陣で、ニヤリとさせられる。浮ついていない編集姿勢にも好感が持てる。
 アスペクトのムックって、28「平成「お笑い」最前線」を読んだきりだけど、あれも西条満を中心に、浮つきがちのボキャブラ以降の「お笑い」ブームについて、腰の落ち着いた特集をしていて感心したっけ。別冊宝島のシリーズよりよっぽど実のあるシリーズとみた。アスペクトに注目。

【BOOK】
『鉄(くろがね)の城』にパイルダー・オン
【98/4/12】
 マジンガーZって、確かにTVも見ていたけれど、それよりテレビマガジンとかテレビランドとかでの特集での展開や、「対デビルマン」や「対暗黒大将軍」の映画版の印象が鮮烈であったような気がする。特にテレマガでのパブリシティー展開は強烈で、当時小学生としては、読者公募の機械獣の登場や、ジェットスクランダーやグレートマジンガー登場の予告に胸をワクワクさせて待ち望んだものである。そんな気分を見事に記録しているのが、「永井豪マンガ家生活30周年・マジンガーZ放送25周年W記念出版」と銘打たれたマジンガーZ解体新書「鉄(くろがね)の城」である。赤星政尚による講談社のムック本であるが、マジンガーZ本編の貴重な資料はもとより、前述した雑誌パブリシティーの数々や、コミカライズ作品、玩具や、カルビーのマジンガーZカード(あったよなあ)一覧まで、マジンガーを取り巻くことごとくを丁寧にカバーしている。
 うーん、世にオタク本数多くあれど、僕の期待するオタク本ってこの手のタイプのものなのよね。対象に対する余人を許さぬ思い入れの強さや、斬新な解釈などは基本的に不要。欲しいのは正確なデータと制作裏話的トピックの数々。それとその時代をふつふつと甦らせてくれる周辺的事象の網羅。そのすべてがこのムックには詰められており、いたく感心致しました。これ、マジンガー以外でもやってくんないかねえ。

【BOOK】
お笑い専門誌「AJAPA」創刊
【97/7/24】
 創刊ていうか、まだバイク誌の増刊号扱いなのだけども、最近盛り上がっている「お笑い」系の専門誌「AJAPA」が出ている。
 「ボキャブラ」系「二丁目」系の芸人総登場に加え、萩本欽一、植木等の両巨匠までかつぎあげて、かなりリキの入った編集。特に興味深いのは「オールナイト・ニッポン」にスポットをあて、年表化した特集。うーん、勉強になりました。
 監修は、「東京コメディアンの逆襲」を書いた放送作家・西条昇。クセはあるが、若いなりに「お笑い」界の知識は豊富なので、安心はできる。2号目ぐらいは出るだろうが、その後も続いて欲しいものだ。
 「お笑い」に関しては、触れたいことはいっぱいあるのだけども、また別の機会に。とりあえず、好きな若手芸人は「ボキャブラ」系では、爆笑問題、松本ハウス、フォークダンスDE成子坂、カッコつきでネプチューンとプリンプリン。「二丁目」系は不勉強なのでパス。

 

【BOOK】
ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』はやっぱり読んでおこう
【97/6/8】
 早くも翻訳なったロバート・J・ソウヤーのネビュラ賞受賞作『ターミナル・エクスペリメント』を読んだ。
 ここんとこ続いている個人的なSFブームのきっかけが同じソウヤーの『さよならダイノサウルス』だっただけに、大変期待して読んだ。今回のテーマは、解説によれば臨死体験と人工生命ということになる。これまでの作品に比べて、テーマがテーマだけに近未来サスペンスといった感じで、あまりSFを意識しなくても読めるような気がするのだがどうだろう。その分だけ僕にとっては、もの足りない読後感とはなった。いやけっしてSFではないなどと言うつもりはなくて、立派なSF的想像力を駆使した作品とはなっている。ただちょっとビックリ度が足りなかったかなといった程度である。
 500ページ余りの大部の著ではあるが、スラスラ読めることは言うまでもない。SFを普段読まないといった人、でも『パラサイト・イブ』とかは読んだよ、という人には是非勧めておきたい。

 

【BOOK】
ベア『火星転移』は本格SFの大傑作!
【97/5/13】
 ふう、やっと読んだよ、上下巻800ページ超。でも長さは感じなかった。これを読んでしまうと、やはり『女王天使』は途上の作品だなあと思えてしまう。
 グレッグ・ベアの94年度ネビュラ賞受賞作『火星転移』は、本格SF免疫の少ない僕にとって、堂々の殿堂入りを果たしそうである。いやまあ、本格SFって何?って話は、こっちに置いといてだね、ま、つまりその実に読みごたえがあったと、こういうわけです。
 お話的にもワクワクと読み進めれるし、壮大なビジョンやハード的な(?)説明も存分に味わえる。中だるみもなく、伏線も端々で利いていて、数々の山場をこさえつつ、それでいて落ち着いた読後感。ああ、傑作だなあ。
 最近、ここまで手放しで褒めるのはそうないので、信用して良いよ。『女王天使』も悪くなかったけど、こっちの方が170%ぐらい読みやすい。ま、ひとりの女性の成長物語の側面を持つ構成上、とーぜんなのだけどね。何より表題の「火星転移」のビジョンだけでも、理論はわからんなりに相当クラクラ来た。前情報があっても、なおさらだっただけに、一読をお勧めしておく。

 

【BOOK】
キング『グリーンマイル』を今のうちに読め。
【97/5/3】
 本好きの人間なら誰にでも秘蔵の作家というものはあるものだと思う。この場合の「秘蔵の作家」というのは、文字通り秘「蔵」、つまり気になっていて読めば好きだということは絶対分かっているが手を出していない、「老後の楽しみ」とでもいったものとしてとってある「とっておき」の作家のことである。僕の場合、そんな作家のひとりとして挙げられるのがスティーブン・キングという事になる。
 いやあ、まだ『シャイニング』も『呪われた町』もなんも読んでないのである。いいでしょう。これから山のような未読が楽しめるのだ。だが、ついに手を出さずにはいられないものが出てしまった。それが、毎月1冊6ヶ月にわたって出版されている『グリーンマイル』なのである。
 本国版の企画を忠実に守って、翻訳新潮文庫版でも月1冊、現在まで4巻が順に出版されているが、こーゆーのって一種のイベントだから、時期を逸すると楽しみが減るって感じがする。筒井の新聞連載の『朝のガスパール』も単行本になってから読んで、小説自体の面白さに変化はないだろうものの、ああ連載時に読みたかったと後悔したものである。というわけで、毎月末、新潮文庫が発売されると同時に急いで買って読み進めております。いや、さすが面白いっす。別にこの分冊出版の企画が成功しているかどうかは別にして、6ヶ月の間、この楽しみが持続できると思うのはいいもんです。
 話はいよいよ佳境に入ってきたところ。今ならまだ遅くない。未読の方は、このイベントをともに楽しもうではないか。

 

【BOOK】
『ぶっちぎりヒーロー道』で認識を新たにする
【97/4/13】
 「映画秘宝」でおなじみの洋泉社MOOKから、姉妹誌の「まんが秘宝」が創刊された。第1弾は『ぶっちぎり(仏恥義理)ヒーロー道』。相変わらずのタイトルであるが、今回は「コミカライズ」作品、よーするにTVヒーロー番組のマンガ化作品に焦点をあてている。いわゆる原作、というものではなく、TVの企画が先攻、あるいはTV化を前提に描かれた作品の一群がこの世には存在する。石森章太郎の「仮面ライダー」を初めとする東映変身ヒーロー物なんかが代表的な例で、TVとは違った独特の世界観を、それらの作品から感じとることができた。で、まあ、他には永井豪の「マジンガーZ」や「デビルマン」なんかもそうなんだけど、これらは「原作」とは呼ばれているものの、TVの企画と並立して進行され、どっちが本物などという安易な評価は下せない物なのよね。それはまあ、そう思っていたのだけれど、「TVマガジン」や「冒険王」(嗚呼、お世話になりました)などに載っていた原作者とは別のマンガ家が書いた「マンガ化」の作品群には幼心にも、馬鹿にしてた部分があったことは否定できない。
 すがやみつる、一峰大二、桜多吾作、蛭田充など、よく考えてみると「TVマガジン」や「TVランド」や「冒険王」などで、この人たちの作品をずいぶん読んできたが、「絵が本物と違う」「下請けで書いてるんだろう」「作画が雑」などの認識しか残っていなかった。だから、コミカライズ作品には良い印象はない。ま、記憶には残ってるんだけどね。特に蛭田充の絵(「デビルマン」など)は嫌いだったなあ。石川賢は、まあ別格ですけどね。「ゲッターロボ」は当然のこと、「変身忍者嵐」なんかも物凄かった。
 でまあ、小学校高学年ともなると、こうした雑誌類を馬鹿にして読まなくなっていたのですね。というわけで、桜多吾作の凄さには気づかなかった。いや、認識を新たにしました。この人の「マジンガー」シリーズは凄いことになってるようですなあ。ま、詳しくはこの本読んでね。
 一峰大二も当時は、そのあか抜けない絵柄がどうにも好きになれなかったのだけど、今考えてみるとずいぶん思い出深いマンガ家だなあ。「スペクトルマン」も一回読みたいなあ。「電人ザボーガー」も。