
先日久々にレンタルビデオ屋(この呼称もそろそろ変わって行くのだろうか。「ビデオ」がなくなっていったら)に行った時に、『寺内貫太郎一家』のDVDが置いてあるのを見つけ、思わず借りようとしたらなぜか中身が空っぽで、レンタル中の札もかかってないのに、と悔しく諦めたばかりである。
『脚本:向田邦子/演出:久世光彦/音楽:井上堯之・大野克夫/タイトルデザイン:横尾忠則』という今思えば超豪華メンツによる、30歳以上の日本人ならほとんどダレでも知っているだろう人気ドラマ。
久世光彦氏の逝去にまるで合わせたかのようにDVDが発売されたようだが、もちろん偶然に違いない。
今度行ったら借りようと思っていたら、この月曜に、追悼特番として第1話と最終話の2編が放映された。すかさず見る。
いやあ、やっぱりいいわ。
もうなんというか、こういうドラマは作られないのかねえ。
脚本の問題も大きいのだろうけど、醸し出されている空気感が今のドラマには感じられない。時代とかそんなことじゃないと思うのだけども、やっぱ70年代のドラマはなんか違う。
今のドラマを続けて見ることはほとんどないのだけど、当時はホントよく見ていたもの。
今見ても続けて見たくなる。やっぱ全話借りて見よかな。
そんな僕はやっぱスカパーかCSに入るべきでしょうか?
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小林克也のこと その5
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さて、ちょっと間が空いた。
このように80年代前半には、日常的に小林克也に接していたわけだが、ベストヒットUSAが終了し、ラジオもあまり聴かなくなった80年代後半には、あまり接触がなくなる。
再び彼が目の前に現れるのは、90年代に入って93年、名古屋にZIP-FMが開局してからだった。
当初確か日曜夜8時か9時の1時間番組を担当していたと思うが(多分、録音)、しばらくして日曜午後の看板番組「ZIP HOT 100」を生で担当するようになる。
さまざまなコーナーを差し挟みながら、洋楽・邦楽問わずカウントダウンしていく番組だが、豊富な知識とウィット、スネークマン的なくすぐりや毒舌等、小林克也の魅力をあますところなく活かした名番組であり、名古屋エリアでこの番組が聴ける幸せをずっと噛み締めてきた。
これと前後して、名古屋テレビ(現メーテレ)で、大東めぐみと組んだ「気分はビビデバビデブ」という土曜朝の情報生番組を一時担当しており、名古屋の週末の顔となっていたとさえ言ってよいだろう。
関東でも金曜・土曜と連続してラジオのワイド番組を持っているようだが、土曜夜の『スマステ』のナレーションをはさんで、さらに日曜の名古屋での生、ととにかく凄いバイタリティを感じる。還暦過ぎてるんですが。
それまで僕自身家でラジオを聴く習慣は失っていたものの、日曜午後は車に乗る機会が多く、「ZIP HOT 100」はほぼ毎週のように聴いてきた。日曜日には欠かせない番組になっており、すっかり日常に溶け込んでいた。
なのに。
と、書かなくてはいけない事態に少しビックリしている。
2?3日前に以前紹介したHPで知ったのだが、この3月で「ZIP HOT 100」を降りることになったらしい。今日の放送でもはっきり本人が言っていた。
この「小林克也のこと」を書き始めたときには知る由もなかったことだが、虫が知らせたというべきか。
これまでもちょくちょく休んではいたけれど(代理はここ最近は大体デイル)、これからずっと小林克也の声が聴こえない日曜を過ごさなければならないとは、ちょっと想像ができない。
今回でこの記事をまとめるつもりでいたのだけど、ちょっと整理つかないです。
前々回の『エンタの神様』に初登場したアクセルホッパー。
パンパン!スパパン!のリズムと共に踊るバカテンポ。
こりゃ結構ハマる人多いぞ、番組イチ押しかな、と思っていたら案の定、2週連続登場。
あれ、この人、ひょっとして、300号記念ということで珍しく買った『マンスリーよしもと』の読者の教えてコーナーに載っていた永井佑一郎じゃないのと思ってググったら、どうもそのようで。
インパクトあるし、ビジュアルもいいんで、そこそこブレイクするでしょう。
ただネタが単調なんで飽きられやすいかも。他にどんな引き出しがあるかだよなあ。
『ザ・ベストヒット83』というのは、テレビ朝日で1983年5月より、毎週火曜9時に放映されていた歌謡番組である。当時は『ザ・ベストテン』の全盛期。日テレでも『ザ・トップテン』が安定した人気を保っていた時期で、テレ朝のそれら番組への対抗として結構華々しくスタートしたと記憶している。
司会は我らが小林克也に、当時人気絶頂のビートたけし、そして作詞家の浅野裕子(現・エッセイスト)という組み合わせ。克也さんとたけしという当時の僕の2大アイドルといっていい存在の顔合わせは、(少なくとも当時は)残念ながらまったくかみ合ってなかったといっていいだろう。番組自体も不調で半年持たずに終了した。
そうしたTVでの活躍とは別に、僕に大きく影響を与えたのは、日曜深夜0:00からのFM愛知(FM東京)での『ナガオカ・ワールド・ミュージック』という30分番組。英米の最新ヒットがかかり、キャッシュボックスの最新チャートを国際電話で繋いで生で紹介するコーナーがメインだったのだが、当時チャート少年だった僕は、ネイティヴの発音を必死に聞き取りながら、新しくチャートインした曲をノートに毎週メモり続けた。そのおかげで英語力がついた...という事実はまったくない...。
インターネットなどない時代の話、とにかくどこよりも早いアメリカの情報が魅力だった。確かマイケルの「スリラー」とかも最初にこの番組で聴いた。完全にフォーマットの固まった番組で、その中で豊富な知識と経験を生かすという、『ベストヒットUSA』同様、克也さんお得意のパターンといえよう。
実は、この番組名を覚えておらず、今回これを書くにあたり、ググって調べたのだが、その過程で僕と同じようなことをしていた人々がたくさんいるのを発見した。みんな日曜の深夜、耳をこらしてラジオにかじりつき、あるいは録音したテープを何度も巻き戻して、初めて耳にするアーティストの名前や曲名を聞き取っていたのだなあ、と感無量になった。
あと、もう一度続く。
『YELLOW MAGIC CARNIVAL』で思い出したけど、曲間のナレーションを努めたアルバムといえば、忘れてならないのが山下達郎の『COME ALONG』。『?』も出たけど、初期達郎サウンドを繋いだベスト盤的企画盤。イントロナレーションとしては最高。バッチリ合ってる。
さて、それで『ベストヒットUSA』。放映が81年から89年までということだから、まさに80'sの申し子。出会いは高2の時だったんだなあ。洋楽を聴きまくっていたあたり。モチロン欠かさずに見ていた。
名古屋では名古屋テレビの金曜夜だった筈。この後にテレビ愛知の(sony presents)MTVに流れたのが、ミュージック・クリップ番組黎明期の僕らの視聴傾向だった。
終了後、かなり経って『ベストヒットTODAY』という番組が(名古屋では)CBCの深夜にひっそり流されているのを見た時は驚いた。『ベストヒットUSA』と番組フォーマットからテーマ曲に至るまでまったく同一の番組だったからだ。
唸ったのは、単なるナツメロ番組として復活していたわけではなく、その時の最新ヒットをきっちり紹介していたことだ。そしてしばらくして中日新聞の夕刊の記事だったかで、小林克也個人が自分のスタジオで番組製作して放送局に売り込んだ番組と知り、さらに仰天。
ここにおいて、小林克也の本質を思い知らされることになる。こういうヒトだったんだ。
以後、この番組は放送局の壁を乗り越え、現在に至るまで連綿と続いているようだ。(BS朝日なら見られるのかー)
動く小林克也を見たのは、おそらくこの番組が初めてだったのだろうが、その後様々な番組で彼を見ることになる。そのひとつが『ベストヒット83』という番組だ。
続く
巷ではM-1に比べてその安っぽさが指摘されているR-1を、録画で深夜に見た。確かにすべての点(セット、進行、キャスト、試合そのもの等々)において熱量が低いというか、カロリーオフな感じ。
でも、昨年よりネタそのものは楽しめたかも。
以下、順に寸評。
1.友近
2?3度見たネタ。悪くないネタと思うし再見にも値したのだが、クスクス笑いの延長上だからなあ。友近のばあい基本的にそうなんだけど。
トップバッターで損をしたというより、トップバッターで良かったかな、って感じ。
2.バカリズム
驚いた。知らぬ間に一人になっていたということにも。「トツギーノ」と最初のフリップが出たところで、面白い予感。天丼パターンのネタそのものは、それだけ取り出せばさして面白くないかも知れないが、タイミングと演者の表情で笑わされた。つまり芸になってるツーことか。
3.中山功太
必ずしも好きではないのだが、なかなかウマイつっこみを入れるとは思う。昨年と同じネタパターンだったので、他のパターンも見てみたい。
4.キャプテン☆ボンバー
なかやまきんに君好きなので許す。まさしく力技で笑わせる。
5.あべこうじ
いや良く出来ていた。面白いというよりウマイというのが先に立ってしまった印象があるが、ウザさも含め話芸として認めるべきだろう。
6.浅越ゴエ
定番ネタのバリエだが、さすがちょっと新鮮味にかけますね。面白くないことはない。
7.岸学
唯一初見のナゾの存在だったが、なかなか笑わされた。ただやっぱ少し中途半端だったかな。今後に期待。
8.博多華丸
児玉清ネタ、大好きなんだけど、個人的には今日はそれほどでも。審査員は『おかげ』とか見てないんだろうなあ、と思わせる結果。初めて見たらハマりますよ、驚きますよ、そら。
というわけで、バカリズムとあべこうじが収穫でした。
でも博多華丸、良かったねえ、まあ。
小林克也との初めての出会いは、さて何だったのだろう。
『ベストヒットUSA』の存在はもちろん云うまでもないが、中・高時代のアイドル、サザンとYMOに密接に絡みつつ僕の中に登場してきたのは確かだ。
サザンとの関係でいえば、名盤『ヌードマン』(1982)の一曲目「DJコービーの伝説」がまんま小林克也へのオマージュ曲でもあるわけだが、この前後に嘉門雄三(桑田)のライブにDJとして参加していたり、ナンバーワンバンドのファーストアルバム『もも』における絡み等もあって、番組等での共演も多かったように思う。
YMOでいえば、『増殖』(1980)においてスネークマンショーを発見したことで、咲坂としての小林克也と出会った。年代からいえば、おそらくこちらの方が先であろう。自分史の中では高1の時だ。多分、「小林克也」の存在を知らないまま咲坂に接したと思われる。
このアルバムと共にスネークマンショーのファーストも何度聴いたかわからない。合間の(というかメインの)ギャグをほとんど暗記するほどだった。この流れの先にナンバーワンバンドも乗っかってくるわけだが。
YMOがらみでいえば、今までほとんど忘れていたが、細野を辿っていく過程で発見したティン・パン・アレイのbest「Yellow Magic Carnival」に曲間のナレーションで参加しており、これまた何度も聴いたアルバムなのでこちらの方でも耳に刷り込まれているのであった。
続く
今更ながらと自分でも思うのだが、小林克也のページを見つけた。
題して「小林克也のRADIO BAKA」。
本人と周りのスタッフ等による記事が楽しめる「三つ目のボタン」というコーナーがメイン。
小林克也自身の文章が読めるのだけど、サスガ、と思ったね。
小林克也が「書いた」ものを読むのはおそらく初めてだけど、やっぱスゴイわ、このヒト。
とりたて文章がウマイ、ということでもないのだけど、書いてある内容がイチイチ面白い。
自宅の電波状況が悪いので、ほぼラジオは聴かなくなってしまっているのだが、車に乗っている時はZIPを中心に聴いている。平日は車に乗らないので、イコール、ラジオを聴くのは週末に限られる。
で、毎週日曜日の小林克也の「ZIP HOT 100」は、この約10年、ほぼ必ず欠かさずにどこかの時間帯は聴いていることになる。
現在の付き合いといえばその程度なのだが、振り返ってみるに小林克也は、僕の中でかなり大きい存在のような気がする。
折に触れてちょっと振り返ってみようかしらん。というわけで、今日はその1。また今度。
やらなすぎコージー
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こらーっ! テレビ愛知っ!
「やりすぎコージー」を打ち切りおったなっ!
わけのわからんローカル・車情報番組なんか始めくさりやがって。
確かに、「やりにげコージー」から「やりすぎコージー」へ変わった当初は、やりすぎガールとかを出してきて、ちょいお色気路線とかに走ってツマラなさそうだったので、見ないようになってはいた。名古屋では裏に「イエヤス」があったからね。
でも、しばらくしてHPとか見てみたら結構おもしろそうな企画をやってて、「やりにげ」時代のテイストが戻ってきてたので、また見るようになってたのよ。というより、数少ない真剣視聴番組のひとつとなっていたのだけども。
あー、わかったわかった。カー情報番組やってもいいから、曜日変えてでも放送すりゃあいいじゃねえか。
クーッ、チッキショー!(by小梅太夫)
昨年後半は、実はあまり見ていなかった『エンタの神様』。
ここのところ連続して、ざっと流し見はしている。
ほぼレギュラーだった波田陽区は昨年の9月以降まったくでていないようだ。同様のタイプと云っていい長井秀和やだいたひかる等がいまだに出続けていることを考えると、なにかある(あった)のだろう。
アンジャ、インパ、陣内、ドラドラ、パペマペ等のエンタ芸人は中堅として健在。最近はそこにレギュラーや次課長が加わっている感じ。青木さやか、友近も折々に出ているんだね。
現在押されてるのが、オリエンタル・ラジオ、摩邪、小梅太夫、桜塚やっくんのあたりなのかな。
オリ・ラジは嫌いではないが、まだこれから。摩邪にはまったく興味がない。小梅太夫は当然ネタはまったく面白くないと思うけど、クセになるのはわからなくもない。やっくんはトークがうまいし、観客を巻き込んだ仕掛けも良く出来ているので、キャラ芸をやらなくてもよくなった時に期待。
後は、あまり出ていないようだし、ネタもつまらないのだが、キャラ的にはデッカチャンが自分の中では引っかかっている。いや、ブレイクはしないと思いますよ。デッカチャーンです。
