覚王山周辺の事など
僕の生まれは千種区覚王山である。というわけで、「名古屋で生きる」、一番最初に覚王山周辺の事など語っておきたい。
5才まで、日泰寺参道脇のアパートで過ごした。そんな頃ぐらいまでだから、思い出も限られている。時代でいえば昭和45年以前という事になる。しかしながら参道周辺の雰囲気は、当時と今とそれほどかけ離れてはいない。広小路に出れば、確かに市電が走っていたし、現在参道の裏に多いと云われるオシャレな店も確かになかった。けれど当時あった店の多くはまだその姿を残している。
例えば、串かつの「多古八」。ここの串かつはそれこそおやつ代わりに食べていた。この味はどうしても忘れられない。肉中心というより衣中心。肉は竹串の周辺にかろうじてまとわりついているだけで、その周辺をもっちりした衣がくるみ、パン粉が被され、全体としては小振りに揚げてある。出来立てはラードの香りがたまらない。これはもう何本でもいける。当時は、味噌味・カレー味などはなかったと思う。店にはソースがたっぷり入った金だらいがテーブルごとに用意され、そこにザク切りにされたキャベツとともにどっぷりと付け込んで食べる。おやつで食べるならば、ソースなしでも充分イケル。決して高い肉など使ってはいまいと思わせるが、豚の風味を活かしきった喰い物だとつくづく思う。
例えば、お好み焼きの「お好」。ここのおばちゃんが焼いてくれる、焼きそばとお好み焼きも、思えばおやつ代わりであった。ここのお好み焼きは、薄く塗り伸ばした下地にたっぷりのキャベツ、天かす、具等を載せて焼く、いわゆる「名古屋風」お好み焼きだ。基本は「広島風」に似ているが、あそこまでキャベツをうずたかく積み上げないし、そば等も加えない。「大阪風」のようにすべてを混ぜ合わせてから焼くというのでもない。僕はいまだにお好み焼きはこれが一番と思っているし、家で焼くのもこの焼き方だ。ネギ焼きの延長上にある物であろう。具も余りいろいろな物をぐちゃぐちゃ入れない。帆立や牡蠣等を入れると味が出てうまいという向きもいるだろうが、水が出るのでこの焼き方には向かない。好みをいえば、豚オンリー、強いていえば豚玉までが一番うまいと思う。烏賊もこれにはかなわない。豚の脂身が薄い下地にじんわり染み渡る、この具合が実に良い。なんだ結局俺が豚を好きなだけか。店の外に置いてある縁台で、森永のヨーグルト(瓶入りの奴)を食べるのも楽しみであった。
喰いもので言えば、後は鬼まん。あ、店の名前をちょっくら忘れたけど、今やTVや雑誌で超有名なあそこですな。現在は午後を過ぎるともう売り切れとの事であるが、当時はそれほど評判じゃなかった筈で、よく食べたものである。それと「菊や」のカレーうどん。これも後に有名になったみたいだけど、今でもあるのかな。
覚王山といえば日泰寺であるが、その参道では毎月「弘法さん」と云って縁日が出る。今でもおばあちゃん大集合の行事として八事の興正寺の縁日と共に取り上げられることが多い。当時はみたらし、トウモロコシ等の屋台や、野菜、漬物、布地等の屋台に混じって、今でいうフリーマーケット状態というか、そこら辺のガキンチョが、家でいらなくなった物を茣蓙ひとつ敷いて売っているという光景も良く見かけた。読み終わってぼろぼろの少年マガジンとか、半分壊れたおもちゃとかそんな物も売っていたように思う。幼き頃にはそれらの品物も何故か眩しく見えるものだ。先日、20年振りぐらいに出かけたが、基本的には何も変わってなかった。
今では、名古屋中心部に近い高級住宅街的なイメージがあるが、下町の雰囲気も充分残した、東京で言えば、田園調布と柴又と吉祥寺を足して割ったようなそんな街である