2004年5月7日(金)ELEKING ANTENNA (blog) / TV・笑芸
笑金とくりぃむしちゅーの現在
初回違和感を感じた『笑いの金メダル』は順調に回を重ねてますな。
違和感は解消されてないままではあるものの、清水章吾とかもそこそこハマってきているし、ボブサップは完全にお飾りになっているため(出演もナシだったり)、邪魔になりようがないし、エンタに比べてネタの扱いはいいしで、なかなかよろしい。
しかし、くりぃむしちゅーはホント凄いことになってるね。何見ても出てくる。天才ビット君とかにも出てるのだね。レギュラーはともかく、準レギュラーとなっている番組の数が凄いんで、ホントいろんな番組に出てる印象がある。
すこし前からそんな感じだったけど、いまやその状況自体がネタになってるし。
年末だかの雨上がりとさまぁーずとの特番ですでにそんな話題になってたけど、その勢いは増すばかり。
上田の『うんちく王』に関しては、名古屋で「虎の門」やってないんで、ほとんどポカーンだったのだけど、上田のおかげで逆に番組が知られるほどになってるぐらい。
そんなくりぃむしちゅーに関する詳細な視聴記録に圧倒される悪態日記がなかなか面白いです。
違和感は解消されてないままではあるものの、清水章吾とかもそこそこハマってきているし、ボブサップは完全にお飾りになっているため(出演もナシだったり)、邪魔になりようがないし、エンタに比べてネタの扱いはいいしで、なかなかよろしい。
しかし、くりぃむしちゅーはホント凄いことになってるね。何見ても出てくる。天才ビット君とかにも出てるのだね。レギュラーはともかく、準レギュラーとなっている番組の数が凄いんで、ホントいろんな番組に出てる印象がある。
すこし前からそんな感じだったけど、いまやその状況自体がネタになってるし。
年末だかの雨上がりとさまぁーずとの特番ですでにそんな話題になってたけど、その勢いは増すばかり。
上田の『うんちく王』に関しては、名古屋で「虎の門」やってないんで、ほとんどポカーンだったのだけど、上田のおかげで逆に番組が知られるほどになってるぐらい。
そんなくりぃむしちゅーに関する詳細な視聴記録に圧倒される悪態日記がなかなか面白いです。
2004年5月20日(木)ELEKING ANTENNA (blog) / TV・笑芸
波田陽区が「エンタの神様」で生きるワケ
ちょっとご無沙汰。
このブログにアクセス解析が付いたようなんで覗いてみた。
すると、このページに辿りつく方のほとんどが「波田陽区」を検索してやってくることが判明。
みんなそんなに波田陽区のことが知りたいか。
試しにgoogleで検索してみると、割と上位にここがヒットするのね。あさひのぼるのついでにちょっとふれただけなんじゃがのう。
まあしかし気持ちも分からんでもない。
わしも、初めてエンタで波田陽区を見た後で早速googleで検索したクチだから。
正直、最初見たときはツマランネタだなあ、と否定する気持ちの方が強かったのだが、例のフレーズと節回しが妙に耳に残っている。段々気になってきてナンダアイツは、ちょっと調べてみるかのおと、ちゃちゃっとネットで検索することに。
2回3回と見ると段々ハマッてくるよね。
どこまで持つかなあと思いつつも、正直今の「エンタ」では一番楽しみにしていたりする。
というか『エンタの神様』というフォーマットの番組の中では一番生きる芸だよね。
コントはそこそこちゃんと見せるクセに、漫才は全否定(ますおかやアメザリ等の漫才陣にも漫才以外のネタをやらせる)、漫談もブツ切りにした上でテロップで全部書き起こすという、話芸を徹底的に馬鹿にしているかのような番組において、長井秀和やだいたひかるやいつもここからやパペットマペットのように、ひとつひとつのネタそのものが短く、組み替え可能で、ブツ切れに対応可能な芸が強いのはなるほど頷ける。
彼らはそれにプラスしてそれぞれ「決まり文句(『間違いない!』)」、「独特な抑揚(『ど・う・で・も・い・い・で・す・よ』)」、「アクの強い繰り返し(『どけどけ』)」、「見た目の風変わりさ(人形師)」等の武器を有していてテレビ的でもある。
そして波田陽区も「音曲漫談」という古くから使われている「毎度お馴染み」を強調する手法という武器がある。
さらに上に挙げた「エンタ」で強い4組の芸人の武器のすべて(「決まり文句」、「独特な抑揚」、「アクの強い繰り返し」、「見た目の風変わりさ」)をも実は持ち合わせているのだから、そら強いわけだ。
なーるほどと独りで納得。
このブログにアクセス解析が付いたようなんで覗いてみた。
すると、このページに辿りつく方のほとんどが「波田陽区」を検索してやってくることが判明。
みんなそんなに波田陽区のことが知りたいか。
試しにgoogleで検索してみると、割と上位にここがヒットするのね。あさひのぼるのついでにちょっとふれただけなんじゃがのう。
まあしかし気持ちも分からんでもない。
わしも、初めてエンタで波田陽区を見た後で早速googleで検索したクチだから。
正直、最初見たときはツマランネタだなあ、と否定する気持ちの方が強かったのだが、例のフレーズと節回しが妙に耳に残っている。段々気になってきてナンダアイツは、ちょっと調べてみるかのおと、ちゃちゃっとネットで検索することに。
2回3回と見ると段々ハマッてくるよね。
どこまで持つかなあと思いつつも、正直今の「エンタ」では一番楽しみにしていたりする。
というか『エンタの神様』というフォーマットの番組の中では一番生きる芸だよね。
コントはそこそこちゃんと見せるクセに、漫才は全否定(ますおかやアメザリ等の漫才陣にも漫才以外のネタをやらせる)、漫談もブツ切りにした上でテロップで全部書き起こすという、話芸を徹底的に馬鹿にしているかのような番組において、長井秀和やだいたひかるやいつもここからやパペットマペットのように、ひとつひとつのネタそのものが短く、組み替え可能で、ブツ切れに対応可能な芸が強いのはなるほど頷ける。
彼らはそれにプラスしてそれぞれ「決まり文句(『間違いない!』)」、「独特な抑揚(『ど・う・で・も・い・い・で・す・よ』)」、「アクの強い繰り返し(『どけどけ』)」、「見た目の風変わりさ(人形師)」等の武器を有していてテレビ的でもある。
そして波田陽区も「音曲漫談」という古くから使われている「毎度お馴染み」を強調する手法という武器がある。
さらに上に挙げた「エンタ」で強い4組の芸人の武器のすべて(「決まり文句」、「独特な抑揚」、「アクの強い繰り返し」、「見た目の風変わりさ」)をも実は持ち合わせているのだから、そら強いわけだ。
なーるほどと独りで納得。
2004年5月26日(水)ELEKING ANTENNA (blog) / TV・笑芸
TSUKAJI24は何だったのか。
殊能先生がmemoでお書きになっているように、この1ヶ月『はねるのトびら』で続いた「TSUKAJI 24」には、正直どこまでひっぱんねん、コントは一体どないなっとんのやと半ば辟易しつつ、なんとなく見続けてしまってはいた。
ドランクドラゴンの塚地武雅を標的に、いとうあいこを使って仕掛ける恋愛ドッキリなんだが、それをレギュラーメンバーが試写室を舞台に本人を迎えてネタバラシをしつつ、ツッコミを入れながら時間を追って見ていくという構成。流行の「24」をモチーフとしているので「TSUKAJI 24」。
ドッキリの内容は、とあるきっかけで二人きりでデートをして、いい雰囲気で盛り上がった帰り道、写真週刊誌にフライデーされてしまい、いとうの所属事務所に呼び出され、2度と会わないようお灸をすえられるというもの。
それが4週続いたのだが、こうして内容を要約してみるとドッキリというにはあまりにも他愛ないというか、事務所に呼ばれてそのスジの人達に脅されたりとかのテレビ的な仕掛けもなく、どうオチをつけるのかと見守っていた最終回、それは突然起こった。
それまで塚地のみを追ってきたカメラ視点が、約束の場所で待つ塚地から事務所で説教されるいとうあいこに切り替えられたのである。
待ち続ける塚地の場面にマネージャーに足止めされていらつくいとうのシーンがインサートされる。
これ、何の絵なんだ?
ドッキリではありえない、だましてるはずの側のストーリーが映し出されているのよ。
で、そのままドラマっぽい作りになって、いとうあいこは塚地からの最後のメールを写しだした携帯を握りしめたまま泣き崩れるなどして、ジ・エンド。
これにはちょっとヤラれたと思ったなあ。
殊能先生が書かれている『「24」というよりも、「トゥルーマン・ショー」』という指摘に深く納得。
最後、試写会場が主演男優賞・女優賞の授賞式場となり、塚地の「全員ボケか」のツッコミも正当なほど、それまでのドッキリを「作品」として皆で扱うサマはちょっと見物だと思ったが、やはり最後の最後は素の塚地いじり(ドッキリに引っかかった者をいたぶる)になってしまっていたのは残念。
そうそう最後、台本が出てきてドッキリ内のセリフが中に印刷してあったのが映し出されたとき、さらに虚実のゆらぎ(「え、ドッキリなの? ドラマだったの?」)が視聴者側に提示されたかと緊張したが、単に手の込んだ仕掛け(後からセリフを書き起こした台本)であったことも、まあそんなものかな。
そうしたことひっくるめて、試みとしては面白い部分もあったけど、やはり引っ張り過ぎだと思うし、もっとコントがちゃんと見たいねえ、という意見に変わりは無いかな。
ドランクドラゴンの塚地武雅を標的に、いとうあいこを使って仕掛ける恋愛ドッキリなんだが、それをレギュラーメンバーが試写室を舞台に本人を迎えてネタバラシをしつつ、ツッコミを入れながら時間を追って見ていくという構成。流行の「24」をモチーフとしているので「TSUKAJI 24」。
ドッキリの内容は、とあるきっかけで二人きりでデートをして、いい雰囲気で盛り上がった帰り道、写真週刊誌にフライデーされてしまい、いとうの所属事務所に呼び出され、2度と会わないようお灸をすえられるというもの。
それが4週続いたのだが、こうして内容を要約してみるとドッキリというにはあまりにも他愛ないというか、事務所に呼ばれてそのスジの人達に脅されたりとかのテレビ的な仕掛けもなく、どうオチをつけるのかと見守っていた最終回、それは突然起こった。
それまで塚地のみを追ってきたカメラ視点が、約束の場所で待つ塚地から事務所で説教されるいとうあいこに切り替えられたのである。
待ち続ける塚地の場面にマネージャーに足止めされていらつくいとうのシーンがインサートされる。
これ、何の絵なんだ?
ドッキリではありえない、だましてるはずの側のストーリーが映し出されているのよ。
で、そのままドラマっぽい作りになって、いとうあいこは塚地からの最後のメールを写しだした携帯を握りしめたまま泣き崩れるなどして、ジ・エンド。
これにはちょっとヤラれたと思ったなあ。
殊能先生が書かれている『「24」というよりも、「トゥルーマン・ショー」』という指摘に深く納得。
最後、試写会場が主演男優賞・女優賞の授賞式場となり、塚地の「全員ボケか」のツッコミも正当なほど、それまでのドッキリを「作品」として皆で扱うサマはちょっと見物だと思ったが、やはり最後の最後は素の塚地いじり(ドッキリに引っかかった者をいたぶる)になってしまっていたのは残念。
そうそう最後、台本が出てきてドッキリ内のセリフが中に印刷してあったのが映し出されたとき、さらに虚実のゆらぎ(「え、ドッキリなの? ドラマだったの?」)が視聴者側に提示されたかと緊張したが、単に手の込んだ仕掛け(後からセリフを書き起こした台本)であったことも、まあそんなものかな。
そうしたことひっくるめて、試みとしては面白い部分もあったけど、やはり引っ張り過ぎだと思うし、もっとコントがちゃんと見たいねえ、という意見に変わりは無いかな。
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