エレキングブログ前夜
名古屋エレキング倶楽部 ブログ以前の読み物 1997〜2005(再構築版)
1999年9月2日(木)エレキングの声

『ハサミ男』との出会い(4)

【承前】

 と、ここまでで実は最初に書きたかったことのほとんどを書いてしまっている。
 『ハサミ男』という本に出会った時の衝撃を、書きとめておきたかっただけなので、その後の話は、また別の話というか、後日談に過ぎないというか、今となってはすべて明らかになったわけで、以下のことは知ってる人は知ってるし、そのことの追認作業に過ぎないわけでもあるのだけれど、ここで話をほっぽり出すのも無責任極まりないので、一応まとめに入るとするか。

 谷山氏をはじめとするPATIOや大森掲示板を見た仲間から、続々と驚きの声があがる。知らなかったのは僕だけ、というわけではなさそうだ。滞米中の谷山氏はもちろんのこと、まだ『ハサミ男』を手にとって見たという人も少なかったようだ。普段滅多に書き込みという形でのコンタクトがない、田中君や飯尾君@CLASSICAまでもが、興奮した様子でうちの掲示板に書き込んでくれて、このあやふやな情報が周囲の仲間に与えた衝撃の大きさを思い知らされた。

 謎の解明に望みを託した大森氏からは、「名古屋方面に質問しようと思っていた」とのレスが。やっぱり読んでらしたようだ。で、怪しいと思われていたようである。
 そして次の日には、僕の小賢しい思惑通りに講談社に問い合わせてくれたとおぼしき大森氏の「確認しました」の書き込みが。

 こうして謎はあっさりと解明された。殊能将之はT氏に間違いなかった。
 これでもやもやは吹っ飛んだ。消息を絶っていたT氏の健在が確認されたことと、そのあまりにも劇的な登場に快哉を叫ばずにはいられなかった。何よりも嬉しかったのが、読み終えた『ハサミ男』が、期待に違わぬ傑作であったということである。
 謎の解明を待つ前夜、何か手がかりはないかとインターネットで検索しまくっていると、既にあちこちの書評系サイトで好評であるということがわかり、更には「ハサミ男ホームページ」なるものまで既に登場していた。
 途中で作者の意図がわかった人と最後であっと驚かされた人で、評価のニュアンスは多少違うものの、秀作であることを認めるという論調には変わりはないようであった。僕自身は当然後者で、ただ呆然とページをめくり続けた人間ではあったが、たとえ途中で仕掛けがわかったとしても、それがこの作品の評価を少しも損なうものではないと、断言できる。

 その週明けには、磯氏からの「緘口令は解除されました」との掲示が、大森掲示板に書き込まれた。同時にPATIOの方にも、事前にT氏から知らされていたとの告白があり、仲間うちでは磯氏と浜田氏だけは事の顛末を知っていたとの事であった。磯氏は6月に出版が決まって上京したT氏と面会も果たしており、その晩にかけてきてくれた電話でその時の様子を詳しく聞かせてくれた。その電話では同時に、T氏が次回作の取材で岐阜に来るついでに名古屋に寄りたいという希望をもっているらしい旨を伝えられ、もちろん喜んで迎えると答えた。

 次の日の晩にはT氏自から電話をかけてきてくれた。4年以上ぶりであった。声の調子が以前より更に落ち着いたものになっていると感じられたが、その他は以前のままの様子で、出版の顛末を簡単に、そしてシニカルに語ってくれた。
 そして月末には、英樹氏と僕で来名したT氏を迎え、更に詳しい顛末や次回作の予定の話など楽しく聞いたわけなのだが、その話はそれこそ別の話。

 とにもかくにも新作が常に楽しみな作家の登場を喜びたい。まだ読んでないあなた、だまされたと思って読みなさい。違う意味でだまされますぞ。