エレキングブログ前夜
名古屋エレキング倶楽部 ブログ以前の読み物 1997〜2005(再構築版)
1999年8月12日(木)エレキングの声

煙草(1)

 煙草をまた吸うようになってしまって、少し悔しい。

 吸い始めは遅くて、二十歳もとうに越え、23歳ぐらいのときだったから、10年と少し吸って、去年の夏にとりあえず辞めた。辞めたといっても、生来のへそ曲がりにより、禁煙を宣言したわけではない。とりあえず煙草を常に持ち歩く習慣を辞めたということに、対外的にも自分自身にもしてあった。それまで一度も禁煙を試みたことがなかったが、意外とあっさりその習慣を捨てることができた。

 特に思い立ったことがあったわけでもないのだが、なんとなく煙草に振り回されているような気がして、少し嫌になったのだ。本数としては、一日ほぼ一箱、ヘビースモーカーというほどでもないが、たしなみ程度というには多い本数だったろう。仕事中は吸わない環境であったため、休憩時間や朝晩の在宅時だけで、その本数である。
 家でも特に禁煙を勧められなかった。というより、どちらかというと喫煙を勧められることがあったぐらいで、煙草ぐらい楽しみがあってもいいじゃないの、辞めるとさらに太るんじゃないのと、親も妻も口を揃える。まあ、この二人は喫煙経験者であったということもあるのかもしれないが、2歳の次女までが「煙草すって」と灰皿を持ってくる始末である。理解ある環境といえばいえるが、喫煙する本人としては、特に積極的に喫煙していたわけでもないのである。

 吸い始めから、「いつでも辞められるな、こんなもの」という気分で吸っていた。別にカッコづけで吸っていたわけでもなく、それなりにうまいと思って吸っていたのではあるが、「たかが煙草」という意識が常にあった。「なくても大丈夫、やっていける」と。
 それでも特に禁煙も試みずにコンスタントに10年以上、吸い続けてきたわけで、身の回りに煙草の用意は常に欠かさなかった。ところがある日ふと煙草の買い置きが切れたのをきっかけに、禁煙という意味でなく、一日煙草なしでやってみようと思って試したところ、夕方には頭はくらくら、まさに目が回るといった状態に陥り、慌てて煙草を買いに走る羽目になった。このときの心境はまさに屈辱、であった。

 【この項続く】