煙草(2)
【承前】
自分の意志で吸っていたと思っていたのに、そうではなく、吸わされていたのだ、と気付いてしまったのだ。
詐欺だ、と思った。ひでぇものを売りやがる、麻薬じゃねえか、とも思った。今まで一度も特に禁煙しようと思わなかったのは、その事実に気がつくのが嫌だったせいなののかも知れない。
そんな訳で、腹を立てた。腹を立てて、その場で煙草を辞めたかというと、そういう訳でもないところが、我が強いというか意志が弱いというか。
そこで辞めるのもなんだか煙草にもてあそばれているようで、シャクだったわけである。目指すは、自分の好きなときに吸っていると確認できる状態。喫煙を自分でコントロールできる状態にしたいということである。
酒も同じような理由で、本当に好きではないかもしれないということが、最近になってやっと判ったのだが、これは別の項で触れよう。そんなに自分本位でいたいのか、俺。
たかが煙草、のために禁煙なんて誓いを立てるのは、まったくもって腹立たしい、というわけだ。で、それからも数ヶ月間、そんなことを思いつつ、普通に喫煙を続けた。
そうしてある日、ふと煙草を持ち歩くことを辞めてみたら、さほど無理なく、吸わないでいることができ、そのまま煙草を欲しいと思わなくなる状態に突入したわけである。
ちょうどその頃ガシャをやるようになっていて、煙草代がそのままガシャ代に移行した感じになって、ガシャることが喫煙の代行行為となったのかも知れないが、行為としてそこまで異質なことが果たして代謝となるのかどうかということはさておき、自分の中では禁煙のひとつの理由付けになったということなのであろう。
先の理由により、禁煙できてそれでオッケー、ということにはならず、いつでも好きなときに煙草を吸うことができ、また吸わないことができるという状態にしなければならない。
一ヵ月後に一本吸った。思ったほどまずいとも思わなかったが、それ以上欲しいとも思わなかった。しめしめ、それでよし。
というわけで、基本的には吸わないという状態がそれから一年近く続くことになる。欲しいと思わなければ、別に吸うことはないわけである。人から一本とか差し出されれば、勧められるままに吸ったりもしたが、自分で煙草とライターを持ち歩くことはなくなった。それはそれで結構な開放感であった。
で、それがなかなか続かないところが、人生のうまくいかない所なわけで。
まあ、多くても以前の半分程度の本数なわけだが、ここ最近コントロールが効かなくなっているのは事実なわけで。先に書いたようなことを考えてきた以上、悔しいというか情けないという感じもするわけだが、まあ、たかが煙草ごときで、そこまで自分を責めるのもなんだか腹立だしい。