エレキングブログ前夜
名古屋エレキング倶楽部 ブログ以前の読み物 1997〜2005(再構築版)
2000年7月17日(月)eな日常。

携帯不携帯

 いまだ携帯を所持していない。
 いかに内勤の仕事とはいえ、この御時世、不便に感じることも少なくない。 特に人との待ち合わせなんかする場合、あった方がなにかと安心である。
 携帯がない時代は、そんなこともそれほど気にならなかったけども、世の中そういう環境になってきているので、「今までなくても暮らしていけた」などといっても仕方がない。車がなかった時代、電話そのものがなかった時代のことを思うのと同じ事である。

 先日も会社でネットワーク関係の打ち合わせがあって、ネットワーク会社の人間と印刷機材販売の人間と我が社の営業と僕以外はすべて営業という顔ぶれだったのだけど、そこで携帯の話になった。「携帯がないと仕事にならない」「携帯のおかげで書き置きメモが減った」とかいう話で、そうだろうとも思う。
 「移動中でも連絡ができる」という基本的な長所から「バスや電車など移動中に使えないのでは意味がない」 という感想が導き出されるのも、まあそうだろうとも思う。

 だからあくまで感覚的なものと判ってはいるのだが、携帯が嫌いなんだからしょーがない。

 バスでキャッキャと携帯で会話している女子高生やOLを見るとムカムカしてくるし、地下鉄に乗り込んでくると同時にピピピピとメールをチェックしている兄さんを見てもムカムカする。
 今日も帰りのバスで運ちゃんの注意をものともせず、喋りまくっていた若い女がいたが、貴重な読書時間なのに気が散って仕方がない。これが、人間同士の生の会話であれば左程苦にならないというのは不思議である。
 ここら辺は単なるオッサンの反応なので、このことをいくら詳しく書いてもつまらない。

 なので、どうなれば僕が携帯を持ってもいいと思うようになるか、考えてみよう。

1)鳴らない。
 これは今でもできるんでしょ。設定で。意味ない、という意見もおありでしょうが、妙な着メロが不用意に鳴って欲しくない。よくみんな恥ずかしくないな。最新ヒットなんかピロピロ鳴らして嬉しいか。嬉しいですか。そうですか。
「只今から私は私用(公用でも構わないが)モードに入りますよ。呼ばれてんだからしょーがないだろ」と宣言するのと同じことである。いや、同じことで何が悪い、と切り返されても困るのですが。

2)パソコンとほぼ同等の機能になる(インターネット限定でも可)
 なんかこれも実現しつつあるような気もするが、iモードなんてみみっちいこと言ってないでなんとかしなさいよ。要するに画面の小ささをなんとかする技術ね。ま、考えてみれば携帯自体に大きな液晶つけなくてもいいわけだから、携帯用の小型の液晶モニターを別に持ち運ぶようになればいいわけか。 ていうかモバイルそのものだけども、そこをもちょっと簡潔にめんどくさくなくやって欲しいわけッ。(我儘)

3)可能な限り小さく
 普段、携帯を入れるような鞄を持ち歩かなかったり、ポケットのついた衣服を身に着けなかったりする僕にとっては、理想は腕時計ですね。ウルトラ警備隊の例のやつのような。あとは尻ポケットに入るような超薄型折り曲げ可ハンカチタイプとでもいったようなもの。

 なんかいろいろ我儘言ってナンクセ付けて、ケータイを持ち歩かない言い訳にしようと思っていたのだが、どれも近々にほぼ確実に実現する(既にしている)ものばかりだな。
 じゃ、こうしよう。

4)タイムトラベルができる。

5)シャワーの代わりになる。

6)ヒゲもそれる。

7)マッサージもしてくれる。

 このうちのどれかは実現しそうで嫌だな。