無化調と業務用スープ (1)
無化調って、分かります? 一般的な用語かどうかわからないけど、ラーメン仲間の間ではよく使われる。要するに「化学調味料が入ってない」ってこと。
単に「無化調」といっても段階があって、化学調味料の白い粉そのものをスープなりタレなりに投入していませんというのから、なると一つから醤油に至るまでひとつひとつの具材の原材料にも、無化調と確認できたものしか使わないという徹底したものまである。
ラーメン屋には「無化調の店」というのがあって、どちらかというと普通の店より「価値がある」と思われがちな傾向は確かにある。
化学調味料というのはいわゆる旨み調味料のことだから、入れれば「旨み」が増す、というのは当然のこと。しかしながら、化学、というからには当然、人工物なわけで、天然の素材から念入りに抽出された「旨み」に対して、お手軽感は否めなく、有りがたみも薄く感じるのは人情である。
一般的にも、「人工」より「天然」を有り難がるのは、現代人の常であるわけだし。『買ってはいけない』がベストセラーになったけども、化学調味料自体に対する批判も根強いものがある。
化調を使えば旨みが増すといっても、化調のみが突出したスープは食えたものじゃない。あくまで他の素材があっての話で、味の素を湯で割って飲んで、うまいかといわれればお分かりであろう。
逆に、無化調だからうまい、とは限らないということも当然あるわけで、結構この問題はラーメンにとって根が深い。
ラーメン好きの間でも、化調を気にする人、まったく気にしない人、様々である。
まず我々の世代というか戦後世代のほとんどが、化調の味というのに鈍感ではある。小さいときからその味で育ってきたから、それで普通だと思っている。
だから、多少化調が入っていようが、バランスの取れた「旨み」を感じれば、それで良しとする。何しろ「旨み」を増しているわけだから、うまいと思って、ある意味当然。
しかし少数ながら、化調に敏感、という人々が存在して、こうした人はほとんど体質的にと言ってもいいレベルで化調を受けつけない。
例として持ち出すのが適当かどうか分からないけども、そばアレルギーの人は、そばをうまいとかまずいとか思うそれ以前の問題なわけでしょ。ほとんどそれに近い領域ではないかと思う。
僕自身どうかというと、ご多分に洩れず、化調どっぷりの環境で育ってきているわけで、それほど気にはならない。というか、化調が入っているかどうか分からないことがほとんどであった。生まれ持った舌自体もそれほど敏感なほうともいえないしね。
ただ、ここんとこラーメンを食べ歩いてきて、以前よりは敏感になってきたかな、と思う節もある。なんせ、ラーメンと化調はほとんどの場合、切っても切れない関係にある、といっていいと思う。外食産業全体に云えるのかもしれないけど、やはり「無化調」であることの方が珍しい。特にとんこつラーメンなんて、化調の存在抜きでは味が成立しない恐れがある。「必要悪」という言葉を使う人もいるぐらいだ。
世の中にはいろんなラーメンがあって、スープも千差万別。そうすると、いろんな理由で化調過多という店も出てくるわけで、そうしたラーメンを食べると一定の症状が生ずることに気付いた。
- 食べ始めはうまいと思うのだが、食べ終わる頃には飽きてくる。
- 食べ終わった後、それほど塩辛いわけでもないのに異様に喉が渇く。
- 舌がピリピリする。もしくは、上あごが軽くやけどしたような状態になる。
具体的に店を挙げてしまうと、名古屋で今一番の人気店といえる「本郷亭」。ボリュームのあるチャーシューと白湯のこってりとしたとんこつスープが評判であるが、小さじ山盛りの白い粉を何杯も丼に投入していることは周知の事実である。「ラーメン食った~」と思える満足度十分のラーメンで、僕も好きなのだが、上記の症状すべてに当てはまる。
実際、支店やFC展開が祟ってのオペレーションの低下を招いていてか、こちらの舌が変わったのか、最近以前程の感動を感じられない。
今僕が一番好きな「らーめんらあめん」は、無化調の店で、上記の症状は何一つ出ない。そればかりか、食べ進む程にうまさを増し、多少塩辛く感じてもそれほど喉が渇かず、油が多くスープも結構熱いのに、上あごがやけどしたような感じにならない。
そのラーメンに慣れてしまったせいで、化調にちょっぴり敏感になったということもあるのだろうか。
そうではあっても、しかしまだ僕は、化調否定、というところに至っていない。
(長くなりそうなので続く)