日記ライブラリー
名古屋エレキング倶楽部 開設期の日記 1995〜2002(再構築版)
1997年10月9日(木)あらためて工事中日記
6時半前起床。7時前のバスに乗り、8時4分発のひかりに間に合わねばならぬ。今回は部長が同行するので、道中はヒマがつぶせる。というか本が読めぬなこりゃ。
 IGASという催しが東京ビッグサイトで開かれるので、一応出張扱いの視察である。IGASとは、インターナショナル・グラフィック・アーツ・なんたらかんたらで、要するに印刷関連機材展である。2年に1回しか開かれない国内最大級の催しではあります。ま、僕としては基本的にプリプレスの分野しか直接には関係しないので、全体の1/3ぐらいしか廻らなくて済むとはいえ、巨大な規模である。
 10時過ぎに東京着。新橋まで戻って、ゆりかもめに乗車。東京新交通ってなんだと思いきや、単なるモノレール風のバスってことね。いきなり大混雑、すし詰めである。動き出して10分もしないうちに、突然停車。クーラーも切れる。なんだなんだと思っていると、台場駅で降りようとした客が無理やり閉まったドアを開けたので、全列車停電したとのアナウンス。まあ、安全装置が働いたということなのだろうが、無理やり開けられてしまうドアにも困ったものだ。おかげで、すし詰めの状態で、クーラーなしで10分ほど車内に閉じ込められるはめに。夏だったら死人が出たぞ。何が新交通か。
 お台場のフジテレビ新社屋の周りをぐるぐる巡るような形で、有明ビッグサイトへ。幕張メッセには毎年のように訪れるのだが、ビッグサイトは初めて。いや、でかいな、これは。こんなとこでコミケとかやるのか。おそるべし。前半は部長とともに西館を廻る。ペースを合わせねばならぬので、あまり捗らない。2時にもう一人の部長と待ち合わせをしていて、昼飯を食う。食い終わるとあと2時間しか残されていない。必死で、あちこち廻る。東館に足を踏み入れるとさらに巨大。ま、こっちは印刷・製本機が多いので、廻るのをあきらめ西館に戻る。それだけで30分ぐらい経ってしまう。
 まあ、毎度思うことだが、コンパニオンのおねえちゃんがたには感心する。説明に専門用語バンバン暗記して臨むわけでしょ。まだ、パソコン関係だったらわからんでもないんだけど、印刷用語なんて「トンボ」とか「ドブ」とか「面付け」とか日常用語とはかけ離れた物ばかり。日ごろはそんな言葉と微塵も関係がないだろうに、スラスラと説明するその姿は、偉いというかなんというか。
 ホトホト疲れ果てて5時閉館。無料送迎バスで豊洲まで。これまたギュウギュウ詰め。有楽町線で、池袋へ。部長と西口東口で分かれる。人に合う予定がキャンセルとなったので、サンシャインシティへ向い、前回うまかった記憶のあるラーメン屋に行く。「ラーメンがき大将」。まあ、2回目ともなるとわざわざ行くまでもなかったなと感じてしまうのは人の常。その時点で7時過ぎ。9時半のひかりの切符がとってあるので、まだ2時間ほど間がある。どーしようかと思い、そーだ、話題の「じゅんく堂書店」とかへでも、行ってみようと思いつく。本屋しか思いつかんのか俺は。しかし、まだオープンしたばかりの筈なので、地図等にも載っていない。東口にあるという情報だけは仕入れていたものの、東口といっても広うござんす。どこにあるか検討もつかない。とりあえずほっつき歩く。ほっつき歩くうちに、バーガーキングが目に入るので、ふらふらと入ってしまう。バーガーキングも前回うまかった記憶がある。しかし、ラーメンとミニチャーシュー丼とか食っているので結構満腹になっているし、ワッパーはきつい。超特大だからね。でも、せっかくだからとセットを頼んでしまう。ポテトが余計だが仕方ない。なんとか食って、ああ別に入らなくても良かったなと思うのは人の常。って、常人はしないかもしんない。
 適当に歩いても見つからないので、半分あきらめて駅前のリブロに入る。西武百貨店併設のここもでかい本屋だ。しかしながら既に閉店間近。早々に追い出される。途方にくれかけて、ふと向かい側を見ると、じゅんく堂書店。なんだこんなところにあったのね。いそいそと入る。閉店は8時半とな。リブロの流れ客を狙ったあざとい時間設定だな。まあ、有り難い。思ったより店内は狭い。東京堂とかよりも狭いのね。しかし評判通り、品揃えはなかなか。全集類とか揃えてあるのはなかなか便利かも。6階まで少しずつしか覗けなかったけども、とりあえず満足。出た足で、山の手線に飛び乗る。
 東京駅に着くと既に9時15分ぐらい。発車まで10分程しかない。なんか、いつも東京を離れる間際はバタバタするな。みやげ物屋ももう開いていないし、慌てて列車に飛び込む。東京に不案内な部長の姿も無事そこにあり、へとへとに疲れた二人は、名古屋に向かったのでした。
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1997年10月10日(金)あらためて工事中日記
終バスは、とーぜんもう無く、野並まで迎えに来てもらって帰ると、12時半前。寝たのは結局2時半ぐらいか。腰と足が棒のようになっているので、とにかく泥のように眠り、起きると昼の12時半。
 昨日から長女はまた義妹達の所に行っているので、のんびりするかと思えど、買い物等に借り出される。歩き始めたばかりの次女を公園で遊ばせたり、なんだかんだであっと言う間に夜。あの、疲れ取れませんわ。
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1997年10月11日(土)あらためて工事中日記
実は先週の日曜日にあたりをつけてあったのだが、植田のサウンドベイが、1のつく日にレンタル半額というのを実施し始めたので、早速午前中から出かける。いや、今年に入って全然アルバム聞いてないんすよ。いつものようにシングルをどかどか借りて、アルバムも、スガシカオ、奥田民生、Puffyソロ、山崎まさよしと借りてくる。全部でカードの更新料含めて2泊3日1500円ぐらい。安い安すぎる。
 午後の買い物を挟んで、夜まで録音しまくり。それでもまだもの足りなく、11時過ぎに再びサウンドベイに向かう。Chara、カーネーション、槇原ベスト、オリラブ、中村一義、フィッシュマンズと借りてしまう。うわあ、まだ借り残しているものがああ。病気だな、こりゃ。
 しかし、洋楽聞いてないな最近。昼間買い物のついでに4343行って眺めていると、ボストンのベスト(新作含む)など出ていて驚愕。知らんかったわ。
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1997年10月12日(日)あらためて工事中日記
午後から大高緑地内の公園に出かける。途中、鳴海の辺で祭りと遭遇する。ありゃ、山車とか出ているなあと、車の外を眺めていると、踏み切りの手前の交差点で停められる。見物客も結構いて、猩々の面をかぶった人々など、祭り気分満点。そのうち神輿が交差点でぐるぐる回りだし、図らずとも最前列の特等席で見物するはめになった。すかさず、ビデカメで、一部始終を撮って得した気分。5分ほどで交通規制は解除されたが、去っていく祭りの一群に「お幸せに」の掛け声とともに、塩など撒かれ、車は塩まみれとなる。
 一旦、家へ戻って、イトーヨーカドーへ。長女が誕生祝に時計のバンドを買ってくれる。お金は義母から出ているのだが。
 しかし、今日の日記のタイトルが「アクシデンタル・ツーリスト」のもじりだということを誰が判ってくれるだろうか。
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1997年10月13日(月)あらためて工事中日記
突然のヤクルト優勝試合放送に抗議して、松本人志が『ごっつええ感じ』を降りるというのを受けて、『ごっつ』打ち切りだそーである。えらいことになったものだ。NiftyのFTVAで第一報を見たのだが、予感は確かにあった。会議室でも物議を醸していたし、そもそもあの日、7時にいきなりエキセントリック少年ボウイではなく、木佐アナが画面に移った瞬間も、松ちゃんはこのことを知っているんだろうかとぼんやり考えたものだ。松本人志にとって、一応『ごっつ』はメインの番組であったはずで、それだけ意気込みも他の番組とは違っていただろうことは判っている。今回のこの騒動が是であるか非であるか、そんなことはどうでもいいのだが、松本の行動が大人げないものだと言えば言えるだろう。ただ、それを非難しようという気持ちは特に起こらない。
 下司に勘ぐれば、最近の『ごっつ』は「少年ボウイ」があったとはいえ、コントもやらなくなって、試行錯誤を重ねていたと云えるし、一旦潮時かなあなどとも思える状態ではあったわけで、渡りに船との今回の騒動であったかも知れない。現実に浜田は、この10月からソロのレギュラーを2本も増やしているわけだし。一種計画的ではないかと思えないこともない。又、たとえそうであっても、いいんじゃないかという気さえする。ただ、ゴールデンの看板番組を降りるということが、ウンナンの『やるやら』の時のことを思い起こさせ、少し不安だ。確実に露出が減るわけだし、いいのか、という気もする。しかし、それもありなのだろう。
 なんにせよ、今後の動向が気になるぜよ。
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このブログについて

名古屋エレキング倶楽部の開設(1995.11.15)からブログ開設前までの日記を、ブログの形に組み直したもの。原典は日記ライブラリー。古い日記から順に読める。曜日は日付から算出した正しい曜日に直してある。

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