日記ライブラリー
名古屋エレキング倶楽部 開設期の日記 1995〜2002(再構築版)
2001年9月11日(火)ときたま日記
▼色川武大『花のさかりは地下道で』読了。12の短編が集められているが、特に連作短編集ということではなくバラエティに富んでいるのだが、一冊としてまとまった読後感が残る。
色川武大が繰り返し扱っているモチーフは、すべて私小説的な要素ではあるのだが、次のように分類できる。(【 】内は代表的に取り扱われている作品)
「戦後の博打に明け暮れていた時代(俗にいう無頼時代)の体験談【→阿佐田哲也名義の諸作】」
「浅草を中心とする芸人達の思い出【→『あちゃらかぱい』『懐かしい芸人達』等】」
「小~中学校にかけての劣等感に苛まれつつ街を放浪していた頃のこと【→『怪しい来客簿』等】」
「父や兄弟を巡る自己の葛藤【→『百』『生家へ』等】」
「会社勤め時代の周囲の人々の描写【→『うらおもて人生録』『虫喰仙次』等】」
「中年期以降の同居人(妻)やその他周囲の人間とのこと【→『離婚』『引越貧乏』等」
「持病等から来る精神的な幻との付き合い【→全般。『狂人日記』にて昇華】
非常に大雑把な分類で恐縮だが、この『花のさかりは地下道で』は、表題作が戦後の無頼時代に出会った人々のことを描いている他、色川武大が繰り返し扱っているモチーフがほとんど集められているといってよいだろう。その意味では色川武大入門書ともなる筈だが、生憎現在入手困難である。先日、塩釜口の古本屋でやっと手に入れることができた。なかでは「赤い灯」「善人ハム」「友よ」などが印象深かった。
▼『ウソコイ』の最終回を見ていた妻が突然部屋に入ってきて、「ニューヨークでなんかビルに飛行機が突っ込んだって臨時ニュースやってる」と不安げに言う。妻のパート先の娘夫婦が今夕の便でアメリカに帰国のため出発したということで、「乗ってないよね」と云うのだが、今夕名古屋空港発で、この時間ニューヨークということは、時間的に考えられないのではないかと答えておく。行く先はロスであるというし。とりあえず、PCのテレビをつけて状況把握を開始するが、みるみるうちにとんでもないことになっているのがわかり、目が離せなくなる。途中だったPCの作業を打ち切り、居間でTVを見続ける。次々と新たな展開があり、映っている画像に説明が追いつかない。「あれ、ビルが片方なくなってる」「あれ、ビルまたなくなってる」てなもんである。2時半頃まで見続け、ピッツバーグ周辺に1機墜落し、さらに全部で十数機ハイジャックされているとの情報のまま寝てしまう。

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2001年9月12日(水)ときたま日記
▼朝起きると、惨事の状況は寝た時点と変わっていないようだ。十数機ハイジャックされた残りはいったい、と混乱していると、誤情報だったことがわかる。
あまりにも事が大きすぎて自分に理解できる範囲を越えている。ネットでの反応等をみると、事の重大さを認識できていない人間が多くて驚く。2ちゃんなどは見るまでもない。事の大きさを認識して些細な点をネタにするのと、そうでないのとは明らかに違うし、不謹慎かそうでないか以前にあまりにも空虚である。夜になり、友人からもネットでの反応に呆れたという内容のメールを貰い、深く頷く。
何が起こっているのかわからないのか、わかろうとしないのか、はたまたわかっていてそうした言辞を吐くのか。

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2001年9月16日(日)ときたま日記
▼先週後半体調を崩しはじめていたのだが、昨日より少し風邪をひいたらしい。しかし天気がいいので、近場の大高公園におにぎりを持って出かけることにする。児童遊園が少しリニューアルされていて、「大ちゃん」と「高ちゃん」という2匹の恐竜の滑り台が設置されている。義妹家族も途中から合流し、子供達は存分に遊ぶ。
夕方、東海市の聚楽園公園に向かい、大仏の下でさらに少し遊ばせ、帰りに「魔法のパン屋」でパンを買って帰る。

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このブログについて

名古屋エレキング倶楽部の開設(1995.11.15)からブログ開設前までの日記を、ブログの形に組み直したもの。原典は日記ライブラリー。古い日記から順に読める。曜日は日付から算出した正しい曜日に直してある。

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