2001年9月11日(火)ときたま日記
▼色川武大『花のさかりは地下道で』読了。12の短編が集められているが、特に連作短編集ということではなくバラエティに富んでいるのだが、一冊としてまとまった読後感が残る。
色川武大が繰り返し扱っているモチーフは、すべて私小説的な要素ではあるのだが、次のように分類できる。(【 】内は代表的に取り扱われている作品)
「戦後の博打に明け暮れていた時代(俗にいう無頼時代)の体験談【→阿佐田哲也名義の諸作】」
「浅草を中心とする芸人達の思い出【→『あちゃらかぱい』『懐かしい芸人達』等】」
「小~中学校にかけての劣等感に苛まれつつ街を放浪していた頃のこと【→『怪しい来客簿』等】」
「父や兄弟を巡る自己の葛藤【→『百』『生家へ』等】」
「会社勤め時代の周囲の人々の描写【→『うらおもて人生録』『虫喰仙次』等】」
「中年期以降の同居人(妻)やその他周囲の人間とのこと【→『離婚』『引越貧乏』等」
「持病等から来る精神的な幻との付き合い【→全般。『狂人日記』にて昇華】
非常に大雑把な分類で恐縮だが、この『花のさかりは地下道で』は、表題作が戦後の無頼時代に出会った人々のことを描いている他、色川武大が繰り返し扱っているモチーフがほとんど集められているといってよいだろう。その意味では色川武大入門書ともなる筈だが、生憎現在入手困難である。先日、塩釜口の古本屋でやっと手に入れることができた。なかでは「赤い灯」「善人ハム」「友よ」などが印象深かった。
▼『ウソコイ』の最終回を見ていた妻が突然部屋に入ってきて、「ニューヨークでなんかビルに飛行機が突っ込んだって臨時ニュースやってる」と不安げに言う。妻のパート先の娘夫婦が今夕の便でアメリカに帰国のため出発したということで、「乗ってないよね」と云うのだが、今夕名古屋空港発で、この時間ニューヨークということは、時間的に考えられないのではないかと答えておく。行く先はロスであるというし。とりあえず、PCのテレビをつけて状況把握を開始するが、みるみるうちにとんでもないことになっているのがわかり、目が離せなくなる。途中だったPCの作業を打ち切り、居間でTVを見続ける。次々と新たな展開があり、映っている画像に説明が追いつかない。「あれ、ビルが片方なくなってる」「あれ、ビルまたなくなってる」てなもんである。2時半頃まで見続け、ピッツバーグ周辺に1機墜落し、さらに全部で十数機ハイジャックされているとの情報のまま寝てしまう。
色川武大が繰り返し扱っているモチーフは、すべて私小説的な要素ではあるのだが、次のように分類できる。(【 】内は代表的に取り扱われている作品)
「戦後の博打に明け暮れていた時代(俗にいう無頼時代)の体験談【→阿佐田哲也名義の諸作】」
「浅草を中心とする芸人達の思い出【→『あちゃらかぱい』『懐かしい芸人達』等】」
「小~中学校にかけての劣等感に苛まれつつ街を放浪していた頃のこと【→『怪しい来客簿』等】」
「父や兄弟を巡る自己の葛藤【→『百』『生家へ』等】」
「会社勤め時代の周囲の人々の描写【→『うらおもて人生録』『虫喰仙次』等】」
「中年期以降の同居人(妻)やその他周囲の人間とのこと【→『離婚』『引越貧乏』等」
「持病等から来る精神的な幻との付き合い【→全般。『狂人日記』にて昇華】
非常に大雑把な分類で恐縮だが、この『花のさかりは地下道で』は、表題作が戦後の無頼時代に出会った人々のことを描いている他、色川武大が繰り返し扱っているモチーフがほとんど集められているといってよいだろう。その意味では色川武大入門書ともなる筈だが、生憎現在入手困難である。先日、塩釜口の古本屋でやっと手に入れることができた。なかでは「赤い灯」「善人ハム」「友よ」などが印象深かった。
▼『ウソコイ』の最終回を見ていた妻が突然部屋に入ってきて、「ニューヨークでなんかビルに飛行機が突っ込んだって臨時ニュースやってる」と不安げに言う。妻のパート先の娘夫婦が今夕の便でアメリカに帰国のため出発したということで、「乗ってないよね」と云うのだが、今夕名古屋空港発で、この時間ニューヨークということは、時間的に考えられないのではないかと答えておく。行く先はロスであるというし。とりあえず、PCのテレビをつけて状況把握を開始するが、みるみるうちにとんでもないことになっているのがわかり、目が離せなくなる。途中だったPCの作業を打ち切り、居間でTVを見続ける。次々と新たな展開があり、映っている画像に説明が追いつかない。「あれ、ビルが片方なくなってる」「あれ、ビルまたなくなってる」てなもんである。2時半頃まで見続け、ピッツバーグ周辺に1機墜落し、さらに全部で十数機ハイジャックされているとの情報のまま寝てしまう。
Posted by eleking | 個別ページ