エレキングブログ前夜
名古屋エレキング倶楽部 ブログ以前の読み物 1997〜2005(再構築版)
1998年6月8日(月)ELEKING'S CHOICE / MUSIC

ビリー&エルトン夢の顔合わせ「FACE TO FACE」ライブ

 ビリー・ジョエルは、僕が生まれてから多分3枚目にレコードを買った洋楽アーティストである。ちなみに1枚目はダニエル・ブーン(「ビューティフル・サンデー」ではなく、「スカイ・ダイバー」)、2枚目はオリビア・ニュートン・ジョン(「カントリー・ロード」)。ここら辺は小学生高学年ですな。良く考えれば『ヤング720』(だっけか)絡みの曲ばかりである。で、中学に入ってはじめて買ったアルバムが『ニューヨーク52番街』である。これがそのまま「ロック」との出会い、ということになる。当時はそんなこと気にしてなくて、ビリー・ジョエルもポップスだと思って聴いていた。いや、ポップスに間違いはないのだが、「ロック」とは、もっとうるさいもので、自分とは相容れない世界だと思い込んでいた。だから、アバとかウィングスとかビリー・ジョエルを勝手に「ロック」ではない「ポップス」と位置づけて、エアチェック中心に聴きはじめていたのである。「ロック」以外の何物でもない曲を、それと意識して聴けるようになるのは高校に入るのを待たなくてはならなかった。
 話が逸れたが、というわけでビリー・ジョエルは僕にとって、洋楽原点ともいえるべき存在である。どの曲も好きだし、声を聴くだけでとりあえずメロメロになってしまう。さすがに近年の曲は印象が薄いが、声の魅力は衰えていない。
 一方、ビリーより早くスターになっていたエルトン・ジョンには、僕は間に合っていない。だから、「アイム・スティル・スタンディング」とか、80年代に入ってから聴きはじめている。70年代の珠玉の名曲をちゃんと聴いたのは、だから完全な後追いで、ほとんど成人になってからである。しかしながらそのメロディラインには抵抗しがたいものがあり、「ベニー&ジェッツ」「ブルースはお好き」をはじめ、自作の編集テープを作るときは必ずといっていいほど、どれか入れてしまうフェイバリット・シンガーとなっている。
 その二人が、今春来日してジョイントライブをやると聴いたときには、さすがに食指が動いた。しかしながら、現状ライブにいけるような生活形態ではないため、なんとなくあきらめたまま、来日ライブは終わってしまった。その後、雑誌などで演奏曲目をチェックしてフムフムと、冷静に納得していたのだが、先週の土曜の深夜(名古屋地区)、思いがけずこのライブの模様がテレビで放映された。もちろん1時間半足らずのダイジェストではあったわけだが、おいしいところは見せてもらったという感じである。
 というか、かなり感動してしまったのである。ビリーがエルトンの曲を唄う場面がかなりあったわけだが、全然違和感がない。その逆も真なわけだが、とりあえずビリーの声がエルトンのメロディラインにばっちり合っていて、興奮は倍増である。選曲もベスト的な構成であるわけだし、こんな贅沢はないなと思った次第なわけですな。
 特にゾクゾクと来たのはビリー・ソロの「アレン・タウン」と、デュエットの「ブルースはお好き」。特に後者は先にも述べたフェイバリット・ソングなわけで、のたうち廻りました。
 ま、金儲けとかいろいろな批判はあるのでしょうが、「ロック」ではなく「ポップス」を最初に愛した少年の20年後にとって、至福の1時間半となった。
 しかし、やっぱ客先の年齢層は相当高かったな。