日記ライブラリー
名古屋エレキング倶楽部 開設期の日記 1995〜2002(再構築版)
2000年1月3日(月)ときたま日記
6時栄丸善北口集合といえば、恒例のアンビ新年会である。今回は事前に店をチェック。錦の台湾屋台寶蓮にしようかと思っていたのだが、TELが通じず、雑誌でみかけた。煮炊焼(にたきや)GOZAというところに、席の予約を取る。味の程は未確認だったが、写真で見る限り落ち着いた雰囲気のようだったので、話がしやすいかと思ったからだ。
 4時頃、車で家を出て会社に駐車。徒歩で栄に向かう。途中店をチェックがてら、ナディアのヤマギワと紀伊国屋をひやかす。定刻にちょっと遅れて集合場所に。既に、英樹・睦夫・早川・大矢・都築・宗・三輪田の各氏が到着済み。「肝心の先生が来ないよ」と、田波さんがまだ来てない模様。不安が頭をよぎる。大晦日に紅白見ながら日時決定のFAXを送っておいたのだが、直接確認は取れていない。昨日もTELしたのだが、謎の留守電が流れるばかりで、連絡が取れなかった。韓国語のような言葉で女性が低くぼそぼそと語るという留守電メッセージで、初めはまちがいかと思ってかけなおすも、再び同様のメッセージ。これもありか、と思って一応メッセージを残しておいたのだが、謎の組織に誘拐されたのかもしれない。北朝鮮に拉致された、ということもありうる。 公衆電話に駆け込み、在宅がどうか確かめるも、またも同じ留守電。首をかしげながら戻ると、田波さんは遅れて到着済みであった。 ホッ。
 ナディア方面に南下、会場へ。途中既に、田波・都築の黄金の掛け合いが始まっている。
 店は思ったより狭く、掘りごたつ式の座敷に9人が窮々として押し込まれる。しかしながら、全員の話を聴くにはいい広さだったかもしれない。料理はオリジナルおでんをはじめ、まずまず。特別手間がかかっていてうまい!という程でもないが、なんでもないチェーン系大衆居酒屋のメニューよりはずっといい、といった感じ。
 話の内容は、まあ、いつも通りといったところ。大矢さんはじめ、東京方面では磯氏、鵜飼君と、『ミレニアム転職』を試みる方が重なり、その去就が話題となった。そういえば、恒例の今年の抱負は、なかったなあ。あと、英樹氏が実家のそばに、床がトランポリンのSF御殿を建築中との話も。書斎の壁には一面にSF文庫とSFMのバックナンバーが並べられるという。皆さん、来名された折には、是非イチロー御殿と共に訪れてください。
 8時半頃、いったん締め、ナディア南のオープンカフェに移動。10時閉店までしゃべる。その後、すっかり前回気にいったというカプセルホテルに泊まるつもりの田波さんと、岡崎へ帰る終電にまだ間がある都築氏ともう少し話そうということになり、会社のわしの車までぶらぶら戻り、尾頭橋あたりのすかいらーくで、12時少し前まで田波さんの福井生活の話を聴く。終電ギリギリに都築氏を金山駅に送り届け、カプセル求めて名駅、再び栄と移動。田波さんを降ろして、帰路につく。
 で、やっぱりラーメンが食べたいじゃありませんか、そんな時間に一人になったら。だが、まだ三が日ということで、休業中の店も多いはず。気力も残っていなかったので、冒険をせずに、帰宅途中の店を探す。でも、概ねやはり休み。仕方なく、植田の『孫悟空らーめんとり安』に入る。ここは、以前2度ばかり入ってどういう店かわかっているつもりであったが、らーめん単体としては食べたことがなく、確認してみようと思ったのであった。どーゆう店かというと、一言でいうと学生向けのボリューム満点定食提供店である。 そーいえば、睦夫氏と最後に入って、もういいや、と思ったのであった。「猪八戒ラーメン」と名づけられたチャーシュー麺を注文。結果としては、二度と行くまい。それなりのラーメンでもスープを飲みほすこの私が、スープのほとんどを残してしまいましたとさ。 帰宅は一時過ぎ。ああ、『いろもん』特番見逃したぃ。

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名古屋エレキング倶楽部の開設(1995.11.15)からブログ開設前までの日記を、ブログの形に組み直したもの。原典は日記ライブラリー。古い日記から順に読める。曜日は日付から算出した正しい曜日に直してある。

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