日記ライブラリー
名古屋エレキング倶楽部 開設期の日記 1995〜2002(再構築版)
2000年4月23日(日)ときたま日記
先月末から、我が家は結構大変だった。

 まず、次女の水疱瘡。どうも保育園の説明会の時にうつされてきたらしい。もともと気管支系が弱いので、風邪類にかかると夜中が大変である。
 それが、小康状態になったところで、2歳前の三女の様子がおかしい。うつったかとも思ったが、潜伏期間は2週間あるようで、まだ早い。かかりつけの医者に行くと、次の日が休日なので、大きい病院に入院して点滴を打つことを勧められる。で、平針の記念病院に入院。結局、4日後に退院。
 退院の翌日が次女の保育園の入園式。我々大人もゴホゴホと体調が悪くなっているけど、ぐったりしていられない。
 一週間もしないうちに三女の潜伏期間が終わり、水疱瘡が発症。これはあらかじめ分かっていたこともあり、なんとか軽く済んだ。
 そんな折、慣らし保育を終えて、昼寝をはさんだ保育が始まった次女が、保育園で熱を出して帰ってくる。話を聞くと、昼寝の際、シャツとパンツだけで、寝るという。僕なんかはそんなものか、とも思うのだが、祖母と母親は怒っている。風邪気味なんだから、そんなことでは熱を出してあたりまえだ、というのである。
 かかりつけの医者に行き、次の日保育園を休ませ、土日を過ごすも改善しない。
 結局、月曜日入院・点滴治療を勧められ、また記念病院に。ここで、三女も体調がまた悪くなっており、母親が病院で付き添いをしなければならないということもあり、ダブル入院ということになった。
 双方とも軽い気管支肺炎、ということで、三女は症状が軽いのであるが、再び入院生活が始まる。気になったのは、かかりつけの医者でとったレントゲンを見て、記念病院の医者は、肺炎という診断をくだしたということだ。かかりつけの医者はその同じレントゲンを見て「肺炎ではない」と言い切っていたのに。まあ、よくある話なんだろう。
 しかし、医者にかからずに症状をこじらせるというのなら、親の責任として反省もするが、毎日のように医者にかかっていて最終的に入院、といったところまで症状が悪化するというのも、なんだか腹ただしい。

 で、昨日やっと退院である。今回は6日間。僕はその間、普段あまりできぬ夜の外食(とーぜんラーメン)をしたり、ゆっくり一人で風呂に入ったりと、半独身生活みたいに過ごせた部分もあったのだが、母親はずっと病院で寝泊まりである。途中、有給をとって看護を交代したりもしたのだが、やはり母親でないと駄目な部分もあって、こうした部分、父親はズルいというかラクというかなんだか申し訳ない気分である。

 というわけで、一ヶ月ぐらいバタバタしたが、明日からはほぼ通常の生活にやっと戻れそうな雰囲気である。僕としては、この一ヶ月のほうが変に時間があったりもしたのだが、やはり落ち着かないのでたいしたこともできず、淡々と日々は過ぎていったのであった。

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このブログについて

名古屋エレキング倶楽部の開設(1995.11.15)からブログ開設前までの日記を、ブログの形に組み直したもの。原典は日記ライブラリー。古い日記から順に読める。曜日は日付から算出した正しい曜日に直してある。

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