1997年8月17日(日)あらためて工事中日記
昼前に起きるも、うだうだ。休みの最終日ということで、のんびり行きたい。本来なら今日はアンビ恒例夏の例会なのだが、諸事情のため断念。諸事情といっても、主な理由は出かけていく金がなくなったということであるのが情けない。基本的に赤字財政の昨今、あちこち出かけた後の連休の最終というのは、カスカスのカラケツに財布がなっているわけで、家人はせっかくだから出かけたらと言ってはくれるのだが、借金までして出かけるわけには行かない。最近はそれほど高級な店には行かなくなっているとは言うものの、飲み会になることは間違いないわけで、それなりの金を用意していかないわけには、学生時代と違って、いかない。いろいろ話したいこともあったのだが、潔くあきらめておく。
そういう意味では、図書館はいいよなあ。タダだもの。言うことがセコくなっておりますが、それをおいても、久々に図書館へ行って、ああ、コレがあったのよねという気分である。3時ごろ、前回の本を返しがてら緑図書館へ。駐車場、周辺の道路とも満パンで、駐車に苦労するほどの混雑振り。夏休みということもあるのだろうが、こんなに利用されてるのねと、あらためて感心。妻にもカードを作らせて、6冊分ほど、エッセイ・評論を中心に借りてくる。基本的に、図書館では小説は借りない。小説は買って読む主義で、そうでないと落ち着いて読めない。そのかわり、エッセイや評論は借りてるという気安さもあって、バリバリ読める。
晩はそのうち、小林信彦の『本は寝ころんで』を、文字どおり寝ころんで読む。こないだ借りた『コラムの冒険』と時期的には対をなす一冊。片や読書日記、片やエンターティメント時評。実は、小林信彦は、僕が小学校時代より父と仰ぐ存在で(もう一人は筒井康隆)、詳細は略すが、90年頃からちょっと距離を置いていたのだが、ここ最近又気になっている。父であるがゆえの反発というか、反抗期を過ぎて、今ではしょーがねえなあ親父と笑って許せる心のゆとりができたか。やはり両冊とも一気に読んでしまう。以前のように全面肯定もしくは感服とはいかないが、結構客観的に楽しめるようになっている。いやらしさも又いやらしいなりに楽しめるようになった。この2冊で94年ぐらいのまでの時代はカバーしてると思うので、それ以降の分がそろそろまとまるであろうか。まあ相変わらずだとは思うが。
そういう意味では、図書館はいいよなあ。タダだもの。言うことがセコくなっておりますが、それをおいても、久々に図書館へ行って、ああ、コレがあったのよねという気分である。3時ごろ、前回の本を返しがてら緑図書館へ。駐車場、周辺の道路とも満パンで、駐車に苦労するほどの混雑振り。夏休みということもあるのだろうが、こんなに利用されてるのねと、あらためて感心。妻にもカードを作らせて、6冊分ほど、エッセイ・評論を中心に借りてくる。基本的に、図書館では小説は借りない。小説は買って読む主義で、そうでないと落ち着いて読めない。そのかわり、エッセイや評論は借りてるという気安さもあって、バリバリ読める。
晩はそのうち、小林信彦の『本は寝ころんで』を、文字どおり寝ころんで読む。こないだ借りた『コラムの冒険』と時期的には対をなす一冊。片や読書日記、片やエンターティメント時評。実は、小林信彦は、僕が小学校時代より父と仰ぐ存在で(もう一人は筒井康隆)、詳細は略すが、90年頃からちょっと距離を置いていたのだが、ここ最近又気になっている。父であるがゆえの反発というか、反抗期を過ぎて、今ではしょーがねえなあ親父と笑って許せる心のゆとりができたか。やはり両冊とも一気に読んでしまう。以前のように全面肯定もしくは感服とはいかないが、結構客観的に楽しめるようになっている。いやらしさも又いやらしいなりに楽しめるようになった。この2冊で94年ぐらいのまでの時代はカバーしてると思うので、それ以降の分がそろそろまとまるであろうか。まあ相変わらずだとは思うが。
Posted by eleking | 個別ページ