エレキングブログ前夜
名古屋エレキング倶楽部 ブログ以前の読み物 1997〜2005(再構築版)
1999年1月26日(火)ELEKING'S CHOICE / MUSIC

《1998 J-POP ELEKING BEST20》大発表!

 前からずっとやろうと思ってた企画ですが、毎年毎年ずるずると延び延びになっていた年間ベストテン企画。今年こそはと、とりあえず発表。ボヤボヤしてるうちにこんな時期になってしまいましたがね。
 しかしながら、昨年はここ数年で一番音楽聴く力が弱まってた時なんだけどねえ。だから目新しいものはなしす。ヒット曲の中からビビビと残ったものが中心ですが、レッツゴー!

1:Timing/BLACK BISCUITS
弱った。いきなり理屈抜きだ。完璧である。展開、ノリの良さ、親しみ安さ。素晴らしい。飽きない。もっとホメ言葉はないか。別に「ウリナリ」見てないんだけどなあ。
2:LOVE AFFAIR~秘密のデート/サザンオールスターズ
やったね、久々の当たり曲。ファンの贔屓目で2位だ。こういう曲がポカポカ出るとまだまだサザン恐るべしとなるわけだけど、さて。
3:さすらい/奥田民生
もっとヒットしてもいい曲だと思うのだけど、何故に。駄目ですか。地味ですか。最近の民夫の曲の中では派手だと思うのだがな。好き好き大好き。
4:requiem for the man of nomad/MOON CHILD
カッチョええぞ。ブレイクした後の辛さを噛みしめているのがこの人達。ヒットしなくてもいいぞ。俺がついてる。別にありがたかないか。
5:日影の忍者勝彦/日影の忍者勝彦オールスターズ
恐るべし松本人志。とこの曲を聴いて改めて思ったのだが。ここまで不条理なものをメジャーに出来る能力が凄いと思うのだが。売れてるからってだけじゃないでしょ。
6:愛の世界/松雪泰子
いやこれいいですよ。あんなドラマの主題歌よりか、ラブコメのテーマソングとして聴きたいね。「うる星やつら」の後テーマなんてポジションぽいね。
7:WONDERING/黒沢健一
頑張れ、黒沢。L←→Rなき後もガンガンやっとくれ。というわけで、とりあえず名曲。
8:CRAZY LOVE/MY LITTLE LOVER
マイラバも落ち着いてきちゃいましたが、地道にいい曲が多いぞ。陰ながら見守っておる。
9:海とあなたの物語/未来玲可
あー、じんべえじんべえ。もう耳タコの曲でありました。小室の曲の中では今年のマイベストとなった。ばかりでなく、この人の声にちょっと魅力。うまいんだが下手なんだか未知数。
10:つつみ込むように/MISIA
うんとこしょ、もう人口に膾炙した曲ではあるが、やっぱ良しとしときましょう。

 後はほとんど順不同ですが、曲名のみ。じゃ、また来年。
11:遠距離恋愛は続く/ホフ・ディラン
12:BABY BABY BABY/真心ブラザーズ
13:パフィーdeルンバ/PUFFY
14:恋をしよう/原田知世
15:ひまわり/奥居香
16:ストロボ/広瀬香美
17:Forget Me Not/Bonnie Pink
18:叫び/野猿
19:海まで5分/森高千里
20:alone in my room/ami

1999年3月18日(木)ELEKING'S CHOICE / BOOK

ソウヤー『スタープレックス』は、期待違わぬ佳作

ちょっと読んでから間が経ってしまったが、面白かったのでやはり紹介しておこう。
 最近のお気に入り作家、ロバート・J・ソウヤーの最新邦訳『スタープレックス』である。「スタープレックス」とは、複数の種族が乗り込む巨大な宇宙探査船の名であり、物語は、主人公の地球人指揮官キースを中心に、宇宙創成にも関わる幾多の謎を巡る、軽快な冒険SFである。
 スタトレ好きの方にもお勧め的な評を見かけるが、確かに過去の名作冒険SFの香りも漂わせるが、古臭さは微塵も感じさせない。それなりの厚さはあるものの、スマートな印象でさらっと読める。
 基本的に僕は、何を隠そうSFSFしたSFは苦手な方であるのだが、ソウヤーのSFは、まさにSF以外の何物でもない筈なのに、すんなり懐に入ってくる。話のテンポが良いというのもあるし、ホラとストーリーのバランスが丁度良いのであろう、疲れない。そんなバカなと思う前に、科学音痴としては感心させられてしまうようなホラの吹き方であるので、心地よい読後感である。
 昨年の話題作『レッドマーズ』が後半、全然駄目だった僕には、これくらいの壮大さと軽快さのバランスのSFが、求めるSFであるようだ。(『レッドマーズ』は、文章から具体的な視覚的イメージを呼び起こすのが苦手な僕には、後半のスペクタクルシーンがイマイチ迫ってこなかったのであります。読んでて辛いぐらいでありました。『火星夜想曲』とかのイメージは、ぐんぐん湧いてきたのになあ。)
1999年3月18日(木)ELEKING'S CHOICE / TV

日曜の朝は「たこやきマントマン」をチェックせよ

日曜の朝ぐらいは寝坊をしようじゃないのなどとと考えているキミ。キミは大変なものを見逃そうとしている。もうすっかりお馴染みの人にはお馴染みになってしまっているが、本当にブレイクする前に紹介しておこう。
 その昔、平日の夕方とかも子供番組の黄金時間帯であったわけだが、最近は一部を除いて割とひっそりだよねえ。どこへ行ったのかと思っていたら、日曜の朝が子供TV天国になっておるのですね、今。『燃えろ!ロボコン』も、旧シリーズと左程違和感のない仕上がりで、我々旧世代の試聴にも十分耐えるものになってるのだけども、そんなことよりTV東京枠である。『ガサラキ』じゃないよ、その前の番組。『たこやきマントマン』を絶対チェックせよ、である。
 なんていうか、『アンパンマン』の2番煎じというか、同一発想というか、児童向け絵本が原作なんだけど、『アンパンマン』になんとなく感じる薄気味の悪さを、ギャグに撤することで振り切った感じのある番組である。脚本はかの浦沢義雄がほとんど手がけているようで、かなりすっ飛ばしている。『カミタマン』や『ペットントン』、『どきんちょネムリン』を愛好していた方々には、きっと気に入って頂けるテイストである。同じ浦沢シリーズ監修アニメの『忍たま乱太郎』には、面白いには面白いが、割と「まっとう」な面白さを感じていたが、こっちは「やっとるやっとる」的な面白さである。
 とりあえず、詳しくは説明せぬが、たこやき屋のおばちゃんの所から出動する、5人の(レッド、ブルー、グリーン、ピンク、イエローの黄金パターン)戦士が、とても愛らしい。グッズもガンガン売れなきゃ変だぞ。
 何より、さねよしいさ子唄う主題歌がまさに耳「タコ」もの。「だんご三兄弟」に劣らず、大ブームを巻き起こすことを確信する。しかし、放送開始1年ぐらい経ってるんだよなあ。兆しはないなあ。
1999年8月12日(木)エレキングの声

煙草(1)

 煙草をまた吸うようになってしまって、少し悔しい。

 吸い始めは遅くて、二十歳もとうに越え、23歳ぐらいのときだったから、10年と少し吸って、去年の夏にとりあえず辞めた。辞めたといっても、生来のへそ曲がりにより、禁煙を宣言したわけではない。とりあえず煙草を常に持ち歩く習慣を辞めたということに、対外的にも自分自身にもしてあった。それまで一度も禁煙を試みたことがなかったが、意外とあっさりその習慣を捨てることができた。

 特に思い立ったことがあったわけでもないのだが、なんとなく煙草に振り回されているような気がして、少し嫌になったのだ。本数としては、一日ほぼ一箱、ヘビースモーカーというほどでもないが、たしなみ程度というには多い本数だったろう。仕事中は吸わない環境であったため、休憩時間や朝晩の在宅時だけで、その本数である。
 家でも特に禁煙を勧められなかった。というより、どちらかというと喫煙を勧められることがあったぐらいで、煙草ぐらい楽しみがあってもいいじゃないの、辞めるとさらに太るんじゃないのと、親も妻も口を揃える。まあ、この二人は喫煙経験者であったということもあるのかもしれないが、2歳の次女までが「煙草すって」と灰皿を持ってくる始末である。理解ある環境といえばいえるが、喫煙する本人としては、特に積極的に喫煙していたわけでもないのである。

 吸い始めから、「いつでも辞められるな、こんなもの」という気分で吸っていた。別にカッコづけで吸っていたわけでもなく、それなりにうまいと思って吸っていたのではあるが、「たかが煙草」という意識が常にあった。「なくても大丈夫、やっていける」と。
 それでも特に禁煙も試みずにコンスタントに10年以上、吸い続けてきたわけで、身の回りに煙草の用意は常に欠かさなかった。ところがある日ふと煙草の買い置きが切れたのをきっかけに、禁煙という意味でなく、一日煙草なしでやってみようと思って試したところ、夕方には頭はくらくら、まさに目が回るといった状態に陥り、慌てて煙草を買いに走る羽目になった。このときの心境はまさに屈辱、であった。

 【この項続く】

1999年8月13日(金)エレキングの声

煙草(2)

【承前】

 自分の意志で吸っていたと思っていたのに、そうではなく、吸わされていたのだ、と気付いてしまったのだ。
 詐欺だ、と思った。ひでぇものを売りやがる、麻薬じゃねえか、とも思った。今まで一度も特に禁煙しようと思わなかったのは、その事実に気がつくのが嫌だったせいなののかも知れない。

 そんな訳で、腹を立てた。腹を立てて、その場で煙草を辞めたかというと、そういう訳でもないところが、我が強いというか意志が弱いというか。
 そこで辞めるのもなんだか煙草にもてあそばれているようで、シャクだったわけである。目指すは、自分の好きなときに吸っていると確認できる状態。喫煙を自分でコントロールできる状態にしたいということである。
 酒も同じような理由で、本当に好きではないかもしれないということが、最近になってやっと判ったのだが、これは別の項で触れよう。そんなに自分本位でいたいのか、俺。

 たかが煙草、のために禁煙なんて誓いを立てるのは、まったくもって腹立たしい、というわけだ。で、それからも数ヶ月間、そんなことを思いつつ、普通に喫煙を続けた。
 そうしてある日、ふと煙草を持ち歩くことを辞めてみたら、さほど無理なく、吸わないでいることができ、そのまま煙草を欲しいと思わなくなる状態に突入したわけである。

 ちょうどその頃ガシャをやるようになっていて、煙草代がそのままガシャ代に移行した感じになって、ガシャることが喫煙の代行行為となったのかも知れないが、行為としてそこまで異質なことが果たして代謝となるのかどうかということはさておき、自分の中では禁煙のひとつの理由付けになったということなのであろう。

 先の理由により、禁煙できてそれでオッケー、ということにはならず、いつでも好きなときに煙草を吸うことができ、また吸わないことができるという状態にしなければならない。
 一ヵ月後に一本吸った。思ったほどまずいとも思わなかったが、それ以上欲しいとも思わなかった。しめしめ、それでよし。
 というわけで、基本的には吸わないという状態がそれから一年近く続くことになる。欲しいと思わなければ、別に吸うことはないわけである。人から一本とか差し出されれば、勧められるままに吸ったりもしたが、自分で煙草とライターを持ち歩くことはなくなった。それはそれで結構な開放感であった。

 で、それがなかなか続かないところが、人生のうまくいかない所なわけで。

 まあ、多くても以前の半分程度の本数なわけだが、ここ最近コントロールが効かなくなっているのは事実なわけで。先に書いたようなことを考えてきた以上、悔しいというか情けないという感じもするわけだが、まあ、たかが煙草ごときで、そこまで自分を責めるのもなんだか腹立だしい。