『ハサミ男』との出会い(1)
その日は午後からOFFであった。用事の時間まで少し間があったので、昼休みに会社を出て、池下に向かう。鶴舞から池下に行こうとすると、地下鉄を2回乗り換えねばならない。いっそ歩いていこうかと、駅を通り過ぎて歩みだしたものの、折からのきびしい日差しにより、発汗作用を司る機能中枢が破壊され、断念して地下にもぐる。まあ、汗かきは今に始まったことではないが。
池下に行こうと思ったのは、駅ビルの2Fにあるという「梅光軒」というラーメン屋に行こうと思ったからで、池下など車で通り過ぎることはあっても、なかなか立ち寄ることはないから、こんな時にでも思い立ってわざわざ向かわないと、いつまで経ってもそのうまいという話のラーメンを食べることはできない。
発汗機能が壊されるような日差しの日にわざわざラーメンを食べに行かなくてもという意見ももっともだが、ここのところずっと頭がラーメンモードになってるのだから、仕方がない。頭がラーメンモードといっても、髪型が小池さんのようになっているわけではない。ささやかなるラーメングルメという奴である。東海地方のラーメンMLにも入って、情報収集も怠らない。
地下といえどもちっとも涼しくない地下鉄を乗り継ぎ、池下駅に汗をふきふき降り立つ。池下で降りるなんて何年振りだろう。いや、十何年振りかだ。様子がすっかり変わってしまった構内をきょろきょろして、目的地を探す。
火曜定休で、「梅光軒」があるフロアー自体休み。そんなものである。
さほど気落ちすることもなく、そのまま三洋堂にむかう。メシは後でいいや。
池下の三洋堂は久しぶりだが、ここは昔から割とお気に入りの本屋である。他の三洋堂とは少し違った雰囲気で、「昔ながら」といった感じが残っているような気がする。棚揃えがマニアックなわけでも、大概のものがなんでも揃うわけでもないが、不思議と落ち着いた気分になるので、スクーターで通っていた頃は、遠回りをしてよく寄ったものである。遠回りというか、まったくの方向違いであるのだが。
新刊チェックを中心に棚を眺めていく。ここ最近は、行動範囲に適当な本屋がないので、以前は日課だったこの行為が、たまにしかできなくなっている。
ノベルスのコーナーで、講談社ノベルスの新刊を見つける。ノベルスの新刊など特にここのところ熱心にチェックしているわけでもないが、何が出ているかぐらいは、癖で見てしまう。で、ほうまたこんな新人が、とか、この人は相変わらず、とか思いつつ、京極夏彦とか森博嗣とか法月綸太郎が出ていれば手にとり、さらに興が乗れば購入するというわけだ。その2日ばかり前の日に、新刊の入荷が少ない鶴舞駅前の日進堂で、『カニスの血を嗣ぐ』とかは見かけていたのだが、その時には見当たらなかったタイトルがふと目を惹いた。
『ハサミ男』殊能将之。
第13回メフィスト賞受賞ということで、メフィスト賞ってなんだっけ、ああ、あの雑誌のね、ああなんか印象があんまし良くない賞だよなあ、とにかく、作家名にも見覚えないし、まったくの新人ということだ。普段は特に手にとることもないだろうその類の本だが、とりあげてぱらぱらめくって見る気になったのは、やはりそのタイトルのせいであったろうか。
おお、XTCの"SCISSOR MAN"なわけね、そりゃ珍しい一品と、ぱらぱらとページをめくる手が、最初の献辞が載せられているページで、はた、と止まる。
「長電話につきあってくれた
藍上雄氏に捧ぐ」
え。
藍上雄氏といえば、T.T.でもおなじみの、ノンプロミステリ評論家の雄、僕らのよく知っているあの藍上雄氏のことなんじゃないの。もって回った言い方を止めれば、浜田さんのことじゃないの。
ということは……。
頭にカーッと血が上るのがわかる。
この藍上雄氏が、浜田さんのことだとして、この献辞と、この題材から思い浮かぶ人物は一人しかいない。
この『名古屋エレキング倶楽部』を、最初に連載したファンジン『Lactose』の編集長その人に間違いない。
【この項続く】