『アキレスと亀』 監督:北野武

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またまた試写。
北野作品は初監督作の「その男、凶暴につき」を見ただけで、その後ちょうど映画自体をほとんど見ない時期に移行したこともあって、それ以降、実は一本も見ていない。
だから「世界のキタノ」をあまり肌で実感できてないんだよなあ。
ただこのところの不評と云われた2作品「TAKESHIS'」と「監督・ばんざい!」には、なんだか妙に興味がかき立てられており、機会があれば見たいなあとは思っていた。
今回の「アキレスと亀」に関しても、事前情報をほとんど得ていないながら「見ておけよ」という直感的な内なる指令に付き従うがままに、ヤフオクで見かけた試写状を落札していた。
以下ネタバレ感想。

公式HPとかにはタイトルロゴのすぐ下に「夢を追いかける夫婦の物語。」とあり、たけしと妻役の樋口可南子が並んで立っている写真が大きく使われている。
なんとなく夫婦愛を描く「いい話」なのかなあ、というイメージが湧くというものだが、欺されてはいけない。
この映画はそんな「いい話」のイメージとはいささか感触の違う、異形の芸術バカについての物語である。

物語は3つのパートに分かれ、ほぼ等分に語られる。
裕福な家に生まれて絵に興味を持つが、家が没落しさまざまな不幸が襲いかかる少年時代。
美術に思い切りのめり込む道をただ模索する一方で、理解者たる妻と出会う青年時代。
夫唱婦随で芸術主導の生活を送るが、日常生活をまともに送ることが出来ず、家族の解体から人間性の崩壊までに至る中年時代。
たけしと樋口可南子が演じるのはこのうち第3のパートのみなので、登場は全体の半ばを過ぎてから。
「夫婦愛」がテーマみたいに宣伝されているが、ほんまかいな、というのが視た後の素直な感想である。

「アキレスと亀」のパラドックスをアニメで解説するところから映画はスタートする。
アキレスは亀にけして追いつけないというアレである。
続いて始まる第一のパートは、身辺環境の劇的な変化にも関わらず、ひたすら絵にしか関心を見出さない、通常の感覚からすれば「不気味な」少年・真知寿を淡々と描く。
戦後〜昭和30年代ぐらいの時代のイメージをセピア色のトーンで質感たっぷりに見せ、切り取っておきたいようないい場面が多い。
中尾彬、大杉漣、伊武雅刀といった熟練の役者が存分に持ち味を見せつけてくれる。
筒井真理子、円城寺あやといった女性陣もしみじみといい。

第二のパートは、その少年が成長した青年期を柳憂怜が演じる。不気味さが薄れ、つかみどころのない感じに変化しているのは、物語的には美術学校の一種異様な環境に身をおくことになったせいかもしれないが、柳の資質によるところが大きい。
しかし、考えてみればユーレイって僕より年上なんだよなあ。青年役って、と思うが、激しい違和感は感じないし、ハマっているとも思える。
時代的には昭和40年代ぐらいのイメージで、少々イカれた「現代芸術」狂想曲を描く。
麻生久美子は樋口可南子の娘時代としてまったく違和感がないし、とても魅力的に見えるのだが、この時点の話の中ではあくまで脇役だ。

第三のパートになり、たけしが登場すると映画の色調がガラッと変わる。
ギャグやコント的な場面が増え、真知寿の芸術バカぶりはぐんぐん加速し一気に日常を突き抜けてしまう。
最初は滑稽なばかりだが、妻や娘との別離を経て段々と哀愁を帯び、そしてぞっとする領域に至る。それらはすべて紙一重なわけだが。

さらにこの映画を彩るのは、全編を通じてほとんど無意味に近く続出する死体の数々。
これらの死体は、日常的な「死」をイメージさせない。
真知寿にとっても、そしてこの映画にとってもオブジェにしか過ぎないのだ。
そのオブジェクト化された「死」が加速して行き着く先の、とってつけたようなラストに、居心地の悪い気分のまま観客は席を立つことになる。

いやあ、わかりやすい映画を撮ったなんてインタビューに答えてるけどさ、亀が真知寿でアキレスが妻なんて説明では、わかったような気にもならない。
お仕着せの説明ではなく、アキレスと亀にそれぞれ何を見出すかで、この映画の見方が変わってくるのかもしれない。

出演者は細かい脇役に至るまで全員良かったし、さまざまな要素、部分で残るところがあった。
柄になくあれこれ語りたくなるのだけど、とりあえずこの辺でやめておこう。
内なる「この映画を見ろ」という指令は正しかったことがわかった。
最後で放り出されたような気分になったものの、どうやらこの映画が結構好きらしい。
さかのぼって北野作品を見ないとなあ。

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