ちょっと前から野坂昭如の作品が気になっていた。
これまでまともにひとつも読んでこなかったからだ。
タレント、としての野坂氏に触れることはあっても、その作品はいささか敬遠していたといえる。
過去に週刊文春の連載でその文章に接してはいたが、どちらかといえば苦手に感じていたし、「火垂るの墓」なんてあらすじを聴いただけで、喰わず嫌いの虫が騒ぐ。
でも、ようやく時が満ちてきたような気がして機会を伺っていたのだ。
国書刊行会と岩波現代文庫から前後して選集が出たと知った時が、その時だったのだろうが、ようやっと今になり。
自伝的要素も含みつつ、一種現実離れした性への妄執(いや、「性」という対象に向かっているのではないな。どちらかといえば「生」だろう。)を描いた中短編が5編。
どれもすごい迫力で、読ませる。
とにかく文章に圧倒される。
さめにしてみれば、日本の男に抱かれるのは初めてで、生娘のような恥じらいがあり、それがまた男に甘えかかる気持ちを生んで、植民地に棲みつき、女の尻にむらがる下卑た男ばかり見てきた眼には、竜介がしごく凛々しく思え、あっさりなびいて、夫婦気取り、喧嘩なれてもいれば、小才がきき、チョッキから取り出す金側の時計も、板について、徐々に竜介を表に立て、自分は趣味もないまま、編物木彫を習い、もとより白粉っ気いっさいなく、このまま過ぎれば、カトンに別荘を持ち、のんびり暮らせたのだが、竜介は店をまかされたとたん、地金をあらわし、賭けごとに入れ揚げて、気がついた時は、ビヤホールもまったく返済の目途のたたぬ抵当に入っていた。
(『娼婦三代』より)
たとえばこのたった一文の中に、男女の出会いから結びつき、日々の生活の機微から破局までがごそっと詰め込まれているのだ。
それでいて無理なくすらすら読める。
こりゃ今後の楽しみが増えたわい。
作品数はまだまだ多いし。